ボルドーワインがサステナビリティに挑戦する理由。
ボルドーでワインを造る日本人女性のこと。

ボルドーでワインを造る日本人女性のこと。

シャトー・ジンコの百合草梨紗さんは、静岡県の沼津生まれだ。ふとしたキッカケでワインと出会い、魅了され、フランスはボルドーの地に辿り着いた。極東の国から遥々やってきた彼女は、一体どのようなワインを造っているのだろうか。

呼ばれるようにしてこの地にやって来た。

ボルドーの晩秋、澄みきった晴天の1日。屋外で、バーベキューが始まった。
ぶどうの木を使って牛肉を焼くのは、フランスのワイン産地であれば、決してめずらしくはない光景だ。けれど、私たち日本人にとってはとてつもなく贅沢で、愛おしい時間に思える。
片手にワイングラスを持ち、飲み、談笑しつつ、肉が焼けるのをゆっくりと待つ。
この日、訪れたのはシャトー・ジンコ。世界遺産で知られるサンテミリオンの中心地から東に11kmほど、コート・ド・カスティヨンにシャトーはある。栽培醸造家は日本人女性の百合草梨紗さんだ。ボルドー初の日本人女性生産者と、話題を呼ぶその人である。

バーベキューを楽しむ2人
牛のリブロースを塊りのままぶどうの木で焼く。フランスでは羊などもバーベキューの定番。

ほどなく、その塊肉が焼きあがると、夫のマチュ・クレスマンさんが切りわけてくれた。ジューシイに焼かれた赤身肉の鉄分や旨味と、シャトー・ジンコのメルロ100%の赤ワインが実によく合う。そんな幸福な時間を、フランス人はよくこう譬える。「La vie est belle」=「人生は美しい」と。
バーベキューをする庭のすぐ横には、ぶどう畑が広がる。ビオ栽培ゆえに、その畑は生き生きとした風情に満ちている。化学合成された農薬や肥料、除草剤も使わない。毎年、2月にはピレネー山脈の羊飼いが山をおりてここを訪れ、羊たちが畑の草を食べてくれるのだという。

ひつじ
毎年ピレネー山脈からやってくる羊が草を食む。循環型農業のひとつの方法として近年では取り入れる生産者も増えている。

南向きのなだらかな斜面の畑は銘醸地と謳われるサンテミリオンと地続きであり、1.5mほどの粘土質の下には、石灰岩が横たわっている。
百合草さんは、サンテミリオンに憧憬を抱き、呼ばれるようにしてこの地にやって来た。静岡県に生まれ、短大卒業後はアパレル業界で働く。やがてワインスクールの講師だった友人と、試飲会に行くようになった。少しずつ、ワインを理解できるようになっていった。
とりわけ魅かれたのは、ボルドーのサンテミリオンだった。2000年、21歳でボルドーへ語学留学を決意。授業を受けていた4ヶ月間は、暇さえあればシャトーを巡った。
その翌年、ボルドー商工会議所が運営する専門学校に進学し、ワインの商経済、醸造やテイスティングを学ぶ。そこでのちに夫となるマチュさんと出逢った。
「そのあとマチュはアメリカのインポーターに勤務、私は日本に帰りました。ボルドーに戻ったのは約5年後です。それから彼とカイワインというワイン商を立ち上げたんです」

ワインを飲む女性
留学中は、200軒以上の格付けシャトーを訪問した。醸造は500Lの新樽が主流。

マチュさんは約150年の伝統を持つ、ネゴシアン一家の出身。ネゴシアンとは、ワイン生産者と販売者の仲介役を指す。
ふたりは2009年、結婚した。それでも地元の名士であるクレスマン家に、当初は馴染めなかったという。
「日本人の私は、いつもどこか気後れしていましたね。本当の意味で心を通わせることができるようになったのは、やはり子供が生まれてからだと思います」

シャトー・ジンコ
醸造所の隣には住居もあり、週末はここで家族で過ごすこともある。

「ジンコ」は、愛と友情の象徴だ。

シャトーを立ち上げる契機となったのは、2013年にある1冊の雑誌が目に留まったから。
「美容院においてあった雑誌でドメーヌ・ルロワの記事を読んだんです。それでマチュに“私もやってみたいな”となにげなくつぶやいた。すると彼が、“それならやってみる?”と。そこから、畑探しが始まりました」
ドメーヌ・ルロワの当主ラルー・ビーズ・ルロワもまた女性であり、自然への敬意と完璧主義のワイン造りでブルゴーニュのトップ生産者へと昇りつめた、伝説的な人物である。

ブドウ畑で微笑みあう2人
夫マチュさんの助けとともに栽培や醸造、マーケティングのすべてをおこなう。現在は3人の子供に恵まれている。

百合草さんは、約10年にわたりボルドーワインの輸出業に関わっていたこともあり、人脈も広がっていた。コート・ド・カスティヨンという地域に1.5haの畑が売りに出ていると知る。そこはぶどうの木も丁寧に手入れされていた。
当時、百合草さんが住んでいたアパルトマンの階下にはシャトー・ペトリュスの元醸造長ジャン=クロード・ベルーエ氏が居を構えていた。メルロの大家に意見を聞きたいと、畑を見てもらうと「素晴らしい場所だ」と全面的に賛成してくれた。
なによりこの畑は、百合草さんが愛し、夢見たサンテミリオンと地続きであり、土壌構成もほとんど同じだった。

ブドウ畑の土
標高100mにあるシャトー・ジンコの畑。ビオ栽培のため土も有機的。

植栽されていたのは、平均樹齢35年のメルロだ。2017年には、隣接する0.15haの畑も購入。そこには樹齢80年の古木が植わる。
「まだ始まったばかりですが、ワインの聖地ボルドーで、こんな機会に恵まれるとはフランスに来たときは思ってもみませんでした。1本1本異なるぶどうの木がとても愛おしい。もちろん畑仕事も醸造も大変だけれど、良質なぶどうそのものの自然な味わいを表現したワインをつくっていきたいと思っています」
「ジンコ」とは、フランス語で銀杏を意味する。東洋の木ゆえ神秘的なイメージがあり、愛と友情の象徴であり、広島の原爆でも生き残ったほど生命力が強い。次女が産まれたとき、それを祝って畑近くに銀杏の木を植えた。「シャトー・ジンコ」の名は、そこから誕生を見た。
まだ樹齢3年の若木が、やがて見事な大樹へと成長したそのとき。シャトー・ジンコのワインもまた、大きな飛躍を遂げていることだろう。

ワインボトル
「シャトー・ジンコ」。昨年、ビオの認証であるABを取得。2019年ヴィンテージからラベルにこの認証マークが入る。

――つづく。

文:鳥海美奈子 写真:Mathieu Anglada

ボルドーでワインを造る日本人女性のこと。

鳥海美奈子(ライター)

ノンフィクション作品の共著にガン終末期を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)がある。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、文化や風土、生産者の人物像とからめたワイン記事を執筆。著書に『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)。雑誌『サライ』(小学館)のWEBにて「日本ワイン生産者の肖像」を連載中。陽より陰のワインを好みがち。