フランスを代表するワインの銘醸地ボルドー。2000年前からワインが造られているこの地で、今大きな変革が起きています。現地取材のレポートと共に、次世代のワイン造りの姿を探ります。
まだ20代だった頃のこと。ワインを知り始めたばかりの自分にとって、ワインの精華といえばまぎれもなくボルドーだった。
シャトー・ラフィット、シャトー・ラトゥール、シャトー・マルゴー。この燦然とした煌びやかな名前に、いったいどれだけの憧憬を抱いたことだろう。実際、当時はそれほど価格も高くなかったから何度か飲む機会にも恵まれて、味わいの深さ、艶やかさ、しなやかさに心酔したものだった。
それから幾歳月。興味はフランスの別の産地や他国のワインへと膨張し続けていた。その間に、“初恋の人”ボルドーもまた、変わり続けていたのである。
ボルドーはいまサステイナビリティ、持続可能なワイン造りへの取り組みを加速させている。それもボルドーワイン委員会自体がサステイナビリティを主導するという、地域をあげての形だ。
ボルドーのなかでも五大シャトーに代表されるような高級ワインはわずかに5%。ボルドーの生産者数5,800のうち、そのほとんどが家族経営であり、畑の平均栽培面積も約19haと決して大きくない。5%の有名シャトーのイメージにとらわれていると、現在のボルドーに起きている大きなムーブメントの波を見過ごしてしまうことになる。
ボルドーワイン委員会は、サステイナビリティを推進するために20年前から毎年120万ユーロ、つまり約1億4000万円を支出し続けてきた。そこにはフランス国立農学研究所、ボルドー・アキテーヌぶどう・ワイン研究所、ボルドー大学など20以上の名だたる機関と、200人の研究者が携わっている。まさに、ボルドーワイン全体をあげてのビッグプロジェクトなのである。
その結果、現在はボルドーの畑のすでに60%が環境に配慮したワイン造りを実践している。さらに「2025年までには、この数字を100%にすることを目指します」と、ボルドーワイン委員会技術部門ディレクターのマリー・カトリーヌ・デュフールさんは野心をみせる。
それを聞いて、なるほど、と首肯した。フランスのワイン産地で、委員会そのものが主導してエコに向かう地域が、果たしてほかにどれだけあるだろうか?
たとえば、やはり有名産地であるブルゴーニュでそれが実践される可能性があるかと問えば、恐らく99%ないだろう。
大西洋にほど近いボルドーは、古代ローマ時代から良港として栄えた。その恩恵によりボルドーワインは16~17世紀にはイギリスやオランダと盛んに取引されて、栄華を極めた。
同時期、フランスの偉大な哲学者モンテーニュ、そして三権分立を唱えたモンテスキューもここで思想活動を行った。モンテーニュはのちに続くフランス近代哲学史の礎となった人物であり、モンテスキューはフランス革命に決定的な影響を与えた。
文化的開花は当時、経済の繁栄なくしては成り立たなかった。イタリアのルネッサンスがメディチ家の隆盛なくしては決してあり得なかったように。
そういった歴史を振り返れば、ボルドーという地域には政治的、組織的、経済的、文化的手腕を活用して体制を動かしていこうという市民意識が、古くから根づいていたといえるだろう。
それだけではない。20世紀初頭、現在のフランスワインの価値、その根幹を形づくるAOCというワイン法を主導したのも、またボルドーだった。その頃のボルドーはウドン粉病やベト病、さらにはぶどうの木を枯れ死させるフィロキセラという害虫の被害に襲われて、ワインの生産量が大幅に低下した。それとともに偽物のボルドーワインが多々、出回った。
市場の混乱をおさめようとボルドーが牽引する形で、AOCは制定された。1935年のことである。
ボルドーの精神を映した、持続可能なワイン造りとは。次回は、その具体性を見ていきたい。
――つづく。
文:鳥海美奈子 写真:Mathieu Anglada