ボルドーワインがサステナビリティに挑戦する理由。
ボルドーの風雲児たちが挑むワイン造り。

ボルドーの風雲児たちが挑むワイン造り。

大西洋に近く、温暖な海洋性の気候によってワインを醸すボルドー地方。世界有数の銘醸地は幾星霜を経て、伝統と文化を築いてきた。21世紀、ボルドーの伝統を超えていくために革新のワイン造りに挑む男たちが現れた。

その男はボルドーの常識を軽々と覆す。

伝統とは、つねに刷新と更新を重ねつつ、継続されていく。
果たして、ボルドーワインの特徴とはなにか。定義は多々あるけれど、そのひとつにぶどう品種のブレンドがあるというのは、誰もが認めるところだろう。
たとえば赤ならメルロー、カベルネ・ソーヴィニヨン、カベルネ・フランなどをブレンドする。その比率にも、各シャトーの所有する土壌の特徴や哲学が息づく。

けれど、昨今はそこにも変化の波が起き始めた。シャトー・ド・ベルはボルドー右岸に位置し、モンターニュ・サンテミリオン、ポムロールなどに畑を持つ。当主のオリビエ・カズナーヴさんは、ぶどう品種をブレンドするのではなく、むしろ単一品種の銘柄で仕込みたい、と話す。
「白ならシャルドネのみ、赤ならピノ・ノワールのみ使うというブルゴーニュに近い考え方です。単一品種でワインをつくったほうが、畑の個性がわかりやすい。手法はブルゴーニュ的ですが、結果的にはボルドーのテロワールを表現することに成功していると思います」

オリビエ・カズナーヴさん
20歳からやっているサーフィンが趣味というオリビエ・カズナーヴさん。ワイン商時代にボルドー以外のワインを多く知った。それが現在に生かされている。

赤ワインのメルロー、カベルネ・フラン、マルベックは、すべてそれぞれの品種100%の銘柄がある。そのうえ2015年からリリースしたメルロー「ラ・ヴェイユ・デ・ランド」は全房発酵だ。
現在の赤ワインの醸造というのは、ぶどうの軸や茎の部分を取り外し、ぶどうの粒だけを使って仕込む方法が主流だ。ぶどうを果梗ごと醸造する伝統的な手法の全房発酵は近年、見直される傾向にあり、おもにピノ・ノワールで多く取り入れられている。けれど、メルローで行なう人はまだ非常にめずらしい。

シャトー・ド・ベル
シャトー・ド・ベルのカーヴ。「樽を使ってブルギニヨンワイン的な手法で造りたい」と話す。

さらにカベルネ・フランは2011~2016年のワインをひとつのタンクの中で継ぎ足していく、ソレラという手法を取る。鰻のタレと同じやり方とたとえれば、わかりやすいだろうか。
「カベルネ・フランは涼しい年は熟しづらいので、シャンパーニュと同じソレラ方式でやってみようと思ったんです」
そのうえ、ロワールでおもに栽培されるシュナン・ブラン100%のオレンジワインまで、そこには存在していた。
いわゆるボルドーの常識を軽々と覆す、あまりに自在な発想に、しばし唖然とする。しかしテイスティングすると、そのいずれもが素晴らしい。
ボルドー右岸のポムロールやモンターニュ・サンテミリオンの特徴をよく映した、フレッシュでエレガントなワインの佇まい。そこに旨味もきちんとのってくる。
2016年よりビオディナミを開始しているから、良質なぶどうがワインの味わいの礎を構築しているのだろう。

オレンジワイン
シュナン・ブランを使った新しいチャレンジのオレンジワイン。これからリリースされる。

「私はワイン造りにモデルを探しません。モデルをつくると、自由がなくなってしまうから。ワインは自分の表現ツールなんです」
趣味はサーフィンというオリヴィエさんのその風貌も、明らかに自由を謳歌する人の風情を漂わせている。常識を安易に信じない雰囲気が、全身に漲る。

ラベルには「ボルドー」の表記が見あたらなかった。

オリヴィエさんは、ボルドーに生を受けた。17歳のときアルバイトでぶどうの収穫を経験し、ワインの魅力に開眼。とはいえ、すぐに生産者になったわけではない。大学で哲学や政治学、文学を修めたあと30代はパリでワインの買い付けをしていた。
資産をすべて投げ打ち、ボルドー右岸に畑を買ったのは40歳のとき。その人生の挑戦は、すでに多くの果実を生み出していた。

ボトル
シャトー・ド・ベルのラインナップ。自由な発想でつくられていることは、ボトル形状の多様さからもわかる。

とはいえ、オリヴィエさんはワイン業界にあとから転身した人だから、あれほど自由に、想いのまま道を突き進んでいけるのだろう。そんな感慨を抱いていたら、長い歴史を持つシャトーでも伝統に果敢に挑んでいる人がいた。
ボルドーのアントル・ドゥ・メール地区にあるシャトー・ル・グラン・ベルデュ。そのワイナリーの4代目トマ・ル・グリ・ド・ラ・サルさんが、その人である。ニュージーランドのマルボロにあるワイナリーで修業し、2003年にこのシャトーに戻ってきた。
「アントル・ドゥ・メールにあるこの畑は、ミクロクリマなんです。丘になっている畑の標高も40~100mと幅があり、海洋性の石灰質、礫質、青色粘土など土壌もさまざま。このテロワールの多様さを、ワインで表現したいと考えています」

トマ・ル・グリ・ド・ラ・サルさん
当主のトマ・ル・グリ・ド・ラ・サルさん。伝統を継承するための革新に積極的に取り組む、若い世代。

ボルドーの白は一般にソーヴィニヨン・ブランとセミヨンをブレンドする。けれど、トマさんはやはりそれぞれ100%の銘柄をリリースしている。とりわけ「樹齢70年の古木のセミヨンに可能性を感じる」と話す。
「セミヨンはシャルドネと同じようにグラン・ヴァンになり得るぶどう品種だと思います。一般的にセミヨンは酸が少なく、丸い味わいとされていますが、テロワールと向きあってぶどうを栽培すれば、きちんとミネラルを感じられるものになります」
オレンジワインの銘柄もあり、そのボトルの形状を見ると、いわゆるボルドーのいかり肩ではなく、ブルゴーニュ的ななで肩をしていた。そしてラベルには「ボルドー」の表記が見あたらない。

なで肩ボトル
セミヨン100%のなで肩ボトル。イラストが描かれたラベルも現代的だ。

「若者たちは、ボルドーと聞くと"父親の世代が好きだったワイン"という印象を持つ傾向があるんです。だからボトルの形も変えて、ボルドーという表記も裏ラベルに記しました。先入観なく飲んでもらって、美味しいと思ったあとに、裏ラベルを見てボルドーだったのか、と感じてもらいたい」
では伝統をどう思うか。そう尋ねると、「時代により変遷するもの」との答えが返ってきた。
「1950年代、この地は白用ぶどう品種と赤用ぶどう品種が半々だったんです。でも70年代に、祖父が白用ぶどう品種をほとんど引き抜いてしまった。赤ワインブームなどの影響で、赤用ぶどう品種が奨励されたからです。ワインのスタイルというのは時代ごとに変わっていく。なにより大切なのは、いかにテロワールを反映するか、ということに尽きると思います」

外観
シャトー・ル・グラン・ベルデュの外観。16世紀に建設されたボルドーでも最も古いシャトーのひとつ。

オリヴィエさんとトマさんの年齢差は、実に14歳。しかし、このふたりはワインづくりの思想をわかちあえる友人でもある。互いに刺激しあいながら、既存のボルドーの概念を打ち破ろうとの試みと野心は続く。

――つづく。

文:鳥海美奈子 写真:Mathieu Anglada

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鳥海美奈子(ライター)

ノンフィクション作品の共著にガン終末期を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)がある。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、文化や風土、生産者の人物像とからめたワイン記事を執筆。著書に『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)。雑誌『サライ』(小学館)のWEBにて「日本ワイン生産者の肖像」を連載中。陽より陰のワインを好みがち。