ボルドーワインがサステナビリティに挑戦する理由。
女性生産者のボルドーワインはナチュラルな佇まい。

女性生産者のボルドーワインはナチュラルな佇まい。

ワイン造りの現場で女性生産者が活躍している。男性ばかりだった世界で、彼女たちが醸すワインは愛と情熱に溢れ、多くの人を魅了している。持続可能なワイン造りのさらにその先へと進むボルドーのワイン造りのこと。

ビオの畑のぶどうで造ったワインのほうが上質だった。

持続可能な農業からさらに一歩進んだ、ビオやビオディナミをおこなう生産者もボルドーでは近年、増えている。2019年10月下旬、取材で訪れた際に印象的だったのは、ビオを実践するふたりの女性生産者だった。
現在は男女平等を高らかに謳うフランスといえども、歴史的に見て女性のワイン生産者は決して多くはなかった。「女がカーヴに入ると、ワインがお酢になると言われた時代があった」と、ある女性生産者は語った。その存在が決してめずらしくなくなったのは、時代が21世紀へと移行した頃からだ。

シャトー・スオー
21世紀のワイン造りはビオワインや女性つくり手の台頭など、長い歴史の中でも多くの変化があった期間だった。

その女性はパワフルで、チャーミングで、内から発光するエネルギーに満ち溢れていた。シャトー・スオーの当主モニック・ボネさんは現在59歳。ワインの女性生産者としては、先駆的な人である。19世紀末からワイン造りをおこなう、歴史あるシャトーを一族が購入、彼女が引き継いだのは25歳のときのことだった。
「それより前は、栄養士をしていたんです。体内に摂取するものを扱うという意味で、そのとき学んだこととワインには共通点があると思います」
モニックさんがビオを始めたのは2008年。それ以前から構想は持っていたが、踏み込む勇気がなかった。

の当主モニック・ボネさん
シャトー・スオーの当主モニック・ボネさん。女性らしい感性と男性的な決断力の両方を持つ人。

「ボルドーは湿度があるから、ぶどうが病気にかかりやすいです。ビオをやってみたいと思いつつ、本当にできるのかと心配でした。当時のボルドーは、まだビオがとても少なかったし、ワインの質もあまりよくなかった。そういう状況下ではスタッフのあいだにポジティブな意識を共有するのも難しいと思い、迷っていました」
しかし、転機は起きた。2007年6月。春を過ぎ、伸びてきたぶどうの枝を誘引して樹形を整える作業をおこなう女性スタッフの姿を眺めたモニックさんは、衝撃を受けた。
「その顔や両腕が真っ赤に染まり、荒れていたんです。畑に使用した化学合成農薬が原因でした。それを見たときに、スタッフに配慮したぶどう栽培ができないなら、ワイン造りを続ける意味はないと、はっきりとそう感じたのです」

17世紀に建てられたシャトー
17世紀に建てられたシャトー。もともとは大物政治家が狩猟用の別邸として使っていた。

82haある畑のうち10ha、やがて15ha、20haと少しずつビオの割合を増やしていった。当時は下草が生えている畑そのものが異例であり、周囲からは奇異な目で見られた。
「近隣の男性生産者からは、“あの女は気が狂っている”と言われました」とモニックさんは語り、肩をすくめた。
化学合成肥料を畑に撒くと、その栄養を求めてぶどうの根は土壌の表面近くに横に伸びていく。しかし、土壌本来のミネラルなどの栄養素をぶどうが摂り入れるためには、根は縦に、地下深く伸びていかなければならない。
そのため、始めは土壌の表層にある根をあえて断ち切った。ぶどうはしばらく良質なものができなかったが、ビオに転換して3年以上経った頃から、成果が表れ始めた。
やがて、推測は確信へと変わった。
「2011年と2012年のワインをブラインドで試飲したんです。そのとき、明らかにビオの畑のぶどうで造ったワインのほうが上質でした。ビオを続けていくべきだと決心した瞬間でした」

ビオで育てる目的とは?

そして2016年からはSO2(亜硫酸塩)無添加にも挑戦、そのラベルには、「SEMPER VIVA」なるラテン語が刻まれている。
「“いつも生き生きとしている”という意味です。SO2は、使うとやはりワインの中にある何かしらの成分を殺してしまうのではないかと思っています」

SEMPER VIVA
SO2(亜硫酸塩)無添加の銘柄。「SEMPER VIVA」の文字とともにケシの花も描かれている。2014年にはオーガニックの認証も取得した。

ボルドーでもSO2無添加のワインは少しずつ、散見できるようになった。しかし、「増えているけれど、マーケティングね。SO2無添加と言えば売れるからやっているに過ぎない生産者が多いと思います」とモニックさんは手厳しい。
もうひとり、ビオを実践する女性生産者シャトー・オー・リアンのポーリーヌ・ディエトリッシュさんは30歳。彼女は2017年にワイナリーを継いだばかりだ。
「両親には、ワイン造り以外のより広い世界を見てほしいと言われていました。それでパリのビジネススクールで学んだ後、シンガポールのダノンで働いたんです。でも私は、幼い頃から慣れ親しんだ畑に戻りたいと望み、ここに帰ってきました」

シャトー・オー・リアンのポーリーヌ・ディエトリッシュさん
シャトー・オー・リアンのポーリーヌ・ディエトリッシュさん。ボルドーはオーナーと栽培醸造責任者が異なるところも多いが、彼女は自ら畑で働く。

現在85haある畑のうちビオ栽培は11ha。それ以外の畑でも、HVEや減農薬の認証であるテラ・ヴィテス、さらにはミツバチがより活動しやすい環境をつくるビー・フレンドリーなどの認証を取得している。
「両親の頃は、畑の規模拡大に走った時代でした。それでも私がビオに転換したいと言ったとき、父は賛成してくれた。確かにリスクはあるけれど、父はチャレンジすることに高揚感を得る人なんです。だから、ビオを新しい挑戦だととらえてくれたのだと思います」

ビー・フレンドリーの認証
シャトー・オー・リアンのワイン。ハートマークのなかに蜂が描かれているのがビー・フレンドリーの認証。

若手の女性生産者ゆえ、なのか。ビオといっても気負いすぎず、大地に根ざしたナチュラルな佇まいが美しい。
「ビオをやる大きな目的のひとつは、素晴らしいぶどうを収穫してワインの質をあげることです。でも、それだけではない。私は自分のぶどう畑のすぐそばに住んでいます。ビオをやることは自分の子供や隣人、一緒に働くスタッフのためでもある。21世紀のいまは、そちらに向かうのがむしろ自然だし、向かわざるを得ないのではないでしょうか」
ボルドーの赤ワインと言えば、いまだに重みや渋みをイメージする人も多いのではないか。けれど彼女のワインは、飲むといつでも溌剌としてスムーズな印象に貫かれる。それはまぎれもなく、良質なぶどうによる恩恵である。

ぶどう畑

ーーつづく。

文:鳥海美奈子 写真:Mathieu Anglada

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鳥海美奈子(ライター)

ノンフィクション作品の共著にガン終末期を描いた『去り逝くひとへの最期の手紙』(集英社)がある。2004年からフランス・ブルゴーニュ地方やパリに滞在、文化や風土、生産者の人物像とからめたワイン記事を執筆。著書に『フランス郷土料理の発想と組み立て』(誠文堂新光社)。雑誌『サライ』(小学館)のWEBにて「日本ワイン生産者の肖像」を連載中。陽より陰のワインを好みがち。