まる、さんかく、しかく
野良力士のごっちゃんこは、おにぎりで大きくなった。|おにぎりをたずねて三千里⑮

野良力士のごっちゃんこは、おにぎりで大きくなった。|おにぎりをたずねて三千里⑮

おにぎりはにぎる人によって味が変わる。ふとしたきっかけで食べたひとつに、価値観を変えられることがある。写真家の阪本勇が綴る、SUMO PERFORMERごっちゃんこの半生とおにぎりの思い出。

おにぎりを食べるのは体を大きくするためだった。

僕がごっちゃんこを知ったのはSNSだった。
夜の路上に裸足で立ち、まわし姿で歌っているお相撲さんの映像が僕のタイムラインに流れてきた。
まわしをリズム良く叩きながらひたすらポジティブな言葉を叫び続けている、それがごっちゃんこだった。
興味を持ってフォローし、いつしか連絡を取るようになり、一緒にごはんを食べたりする仲になった。

海と力士

ごっちゃんこは6歳から相撲を始めた。
息子の心と体を鍛えるために何かスポーツをやらせたいと思ったごっちゃんこのお父さんは、柔道か相撲と考えた。
幼いときに柔道か相撲で身体をつくっておけば、その後ほかのスポーツに進んだとしても役に立つはずだと思った。
地元の愛知県岡崎市に相撲教室があったこともあり、ごっちゃんこは相撲を選んだ。
結局ほかのスポーツへ転向することなく相撲を取り続け、ついには大相撲の世界に入った。

おにぎり

高校は相撲の推薦で入った。
県内でも有数のスポーツ名門校で、県外から入学してくる生徒も多いので寮があった。
ごっちゃんこの家は高校まで通える距離にあったので寮には入らなかったが、父子家庭ということで、寮で食事をすることが特別に許された。
朝早く家を出て寮へ行き、7時30分に野球部・卓球部・相撲部の生徒が一緒に朝ごはんを食べる。
昼12時になると寮へ行き、そこでまたみんなで昼ごはんを食べる。

周りの相撲部員に比べて体が小さかったごっちゃんこは、高校三年間、死に物狂いで食べた。
オエッとなるまで食べ続け、吐きそうになっても押し戻してさらに食べ続けた。

ごっちゃんこ

通常の食事だけでは体は大きくならなかったので、朝ごはんが終わると学校へ行く前に炊飯ジャーに残っているごはんで大きめのおにぎりをふたつにぎって、昼飯前に食べた。
体を大きくするためだけににぎっていたので、具材も何の味もない、ただ米をにぎって固めただけの白い塊だった。
毎日毎日ラップを借りにくる青年が自分でおにぎりをにぎっているのを知った寮の食堂のおばちゃんは、せめてもと、ラップと一緒に塩をわたしてくれるようになった。
ごっちゃんこは、それを食事なんてものではなく「ただただ物質を体内に入れる作業」だったと言う。
「修行みたいなもん?」と聞くと「いや、苦行でした」と笑った。高校の終わり頃には食べ過ぎで肝臓を壊した。

昼夜路上に立ち、まわしを叩いてリズムをとる。

大学へも相撲の推薦で入学したが、学生最後の個人戦で負けてしまった。
ごっちゃんこは、今後は社会人をやりながらアマチュア相撲をしようと考えていたけれど、「このままでは終われない」と息巻く同期の友人に誘われて大宮にある相撲部屋の稽古に参加してみた。
するとそのままお世話になることが決まり、不動産関係の会社の内定をもらっていたけれど断り、ついに日本相撲協会所属の力士となった。

おにぎり

「おいしくもなんともない、体を大きくするためだけの白い塊」という、ごっちゃんこのおにぎりの印象を変えてくれたのは、部屋の女将さんがにぎってくれたおにぎりだった。
相撲部屋にはよくお客さんが訪れる。相撲部屋にとってお客さんは何よりも大切な存在なので、お客さんが見学に来たら稽古後に部屋でおもてなしをする。

その間、力士はお客さんの周りに立って忙しくちゃんこや酒を給仕しなければいけない。
稽古終わりでどれだけ腹が空いていようが、お客さんが帰るまでごはんは食べることができない。
それがわかっている女将さんは、お客さんが来たときには事前におにぎりをにぎってくれた。
「とりあえずお腹に入れておきなさい」といって、部屋の力士に食べさせてくれた。
いままで体を大きくするために無理やり食べていた、味も愛想もない自分がにぎったおにぎりとはまるで違っていた。
最初に食べたおにぎりは、いまでも覚えていて、中におかかチーズが入っていたらしい。
稽古終わりの空腹も手伝い、おかかとチーズの濃い味がとんでもなくおいしく感じた。人がにぎってくれるおにぎりはなんて嬉しいんだと感動した。

のりたま

相撲部屋は差し入れをもらうことも多い。その差し入れが佃煮なんかのおにぎりに合うようなものだったときは、女将さんはそれを具材にしてにぎってくれたりもした。
女将さんのおかげで、ごっちゃんこにとって憂鬱な作業だったおにぎりを食べることは、心躍る食事へと変わっていった。

ごっちゃんこ

ごっちゃんこは25歳で大相撲を引退した。
昔、仲間とバンドをしていたときにごっちゃんこはドラムを叩いていた。
ライブのたびにドラムセットを運ぶのは大変で、ドラムの代わりにまわしを叩いて、「まわしパーカッション」ライブをやっていたことがあった。
これから何をしようかと考えてるときに、それを思い出して、まわし姿で町へ飛び出した。

まわし

小さい頃は「強くなりたい。強くなることが唯一の相撲を広める手段」だと思っていた。
いまは昼夜路上に立ち、まわしを叩いてリズムをとりながらオリジナルソングを絶叫している。
チョークで土俵を描き、現役のときには肌を合わせることができなかった人たち相手に、路上で相撲を取って楽しさを伝えている。
ごっちゃんこは日本だけでなくメキシコ・ハワイ・オーストラリア・フィリピンをSUMO PERFORMERとして旅してまわり、老若男女、人種問わず肌を合わせて相撲を広めている。
フィリピンのセブ島の子供たちが力士を珍しがってごっちゃんこに相撲を挑む映像を見ると、子供たちはハシャギまくってたまらなく嬉しそうだった。

「人には元力士とは言うけど、自分では現役の力士だと思っている」とごっちゃんこは胸を張る。
「日本相撲協会に所属してはないけど、毎日誰かと勝った負けたの勝負はしてないけど、日々自分との戦いやし、相撲道を進んでいると思っている。相撲道って心のあり方だと思うんです」と。
ごっちゃんこは自分のことを「野良力士」と表現した。

ごっちゃんこ

「今夜は渋谷ハチ公前でパフォーマンスをする」と連絡があり僕も向かった。
冬の夜にまわし姿で2時間半ほど全力でパフォーマンスをした満足げなごっちゃんこは、「そろそろ東京を離れようと思ってる」と言った。
野良力士は次はインドに行く予定らしい。

渋谷ハチ公前
久しぶりににぎってテンション絶好調。
高校時代に毎朝にぎっていたので慣れた手つき。
土鍋で炊いたのでおこげ。おこげはなんで嬉しくなるんやろう。
力士と畳は相性抜群。
冬の海でも雪駄。
海に向かってまわしを締める。
カメラセッティングする姿も力士。
手づくり看板。レベルを選べる。
路上相撲、ハチ公前場所。
ごっちゃんこのSNS。海外にもファンが多い。

文・写真・動画:阪本勇

阪本 勇

阪本 勇 (写真家)

1979年、大阪府生まれ。大阪府立箕面高等学校卒業後、インドにひとり旅。日本大学芸術学部写真学科中退。写真家の本多元に師事後、独立。2008年「塩竈写真フェスティバル フォトグラィカ賞」受賞。高校の先輩である矢井田瞳の撮影のアシスタントをした際には「箕面高校」とあだ名をつけてもらったことも。人物撮影、ドキュメンタリー撮影を中心に、写真・映像の分野で大活躍(する予定!)。