大竹聡さんの「20代に教えたい」酒場案内。
清々しく壮観な樽・樽・樽酒。|東京・上野「たる松 本店」(後編)

清々しく壮観な樽・樽・樽酒。|東京・上野「たる松 本店」(後編)

作家・大竹聡さんによる「20代に教えたい」酒場案内。今年の1軒目となる「樽酒」が飲める酒場の後編です。樽酒に合う肴も堪能していきます。

恥ずかしながら、ワタクシ、たらこが好物です。

さて、おつまみは何を頼むか。
品書きを見れば、刺身、焼き物、揚げ物、ひと通りという感じで揃っている。品数、一見して少ないように感じるが、実は、ひとつひとつがうまい。私はそれを知っている。

とかなんとか、偉そうなことを言いますが、最初に頼んだのは、炙ったたらこです。

「たらこ、お好きなんですか」
絵描きの八っつぁんが言う。

「湯島の岩手屋さんでもたらこ、頼んでましたね」
と、よろず取り仕切りお由美さんも言う。

そこで私もひと言。
「恥ずかしながら、ワタクシ、たらこが好物でしてね。なんだか、子どもみたいでお恥ずかしいかぎりですが」

なんてことを言う。珍味類も得意です。珍しい酒肴にも数々巡り合ってきた。けれど、何が好きって、日本酒のうまい酒場で飲むときの、表面を炙って、中が少し生っぽいたらこなんてものが、たいへん、うまいと思う。

炙りたらこ

ちなみに、ごくごくノーマルな、というか、極めて家庭的な、というか、昔ながらの街中華で出てきそうなマーボー豆腐にも目がない。最後の晩餐は、そういうマーボー豆腐でまったく問題ない。

酒

そんなことはいいのです。このあたりで、菊正宗は早くもなくなりかける。飲み方、速し。いいのです。今夜は威勢よくやるのだ。

下町の大衆酒場には魚介のうまい店が多い。

「すみません!樽酒を。今度は高清水!」

先刻の菊正宗は灘の酒。今度の高清水は秋田の酒だ。そこに刺盛りが来た。マグロ、イカ、タイにブリ。ネタはピカピカ。さすが「たる松」と思う。下町の大衆酒場には魚介のうまい店が多いということも、若い人たちに知ってほしいことのひとつです。

刺身

刺身の後にはコマイの焼き物も来た。カチカチの干物が出てくるのかと思ったらさにあらず。ほどよく炙ってあって、身は柔らかく、これほど、枡酒に合う酒肴もないような気がする。

コマイの焼き物

唐揚げを喰い、枡酒を飲む。そして、ポリポリとラッキョウを噛む。

酒を飲むテンポがいよいよ良くなってくる。

「高清水、お代わりください」

そろそろ寒仕込みもピークに入るな……。今年は暖冬だから、その影響もあるのだろうか。

毎年のように寒造りの頃にお邪魔をしていた高清水の蔵元を思い出す。大きな酒蔵だが、昔ながらの手造りの現場も見せてもらった。寒い寒い酒蔵に吹き上がる蒸米の湯気や、早朝の搾りたての新酒の味わいなど、折にふれて思い出す。

そんな思い出も酒肴にすると、酒は、徐々に、しかし確実に、うまくなる。
つまみには、なんと、鶏の唐揚げとラッキョウが追加された。
唐揚げは酒に合うのか。この歳になって半信半疑だが、淡泊な鶏肉をからりと揚げているわけだから当然といえば当然なのだが、実は、食べてみれば、けっこう合うのである。

ははあ、唐揚げも、いけるねえ。と呟きつつ横を見れば八っつぁんもお由美さんも、唐揚げを喰い、枡酒を飲む。そして、3人して、ポリポリとラッキョウを噛む。

スタッフ

「あのぉ、もう1杯、高清水、ください」

枡の角にまた、塩を盛る。それをちらりと舐めてからひと口。ラッキョウを挟んでまた塩をひと舐め、酒をひと啜り。

なんとも、塩梅のいい、小正月の樽酒三昧となりました。

――東京・上野「たる松 本店」(後篇) 了

店舗情報店舗情報

たる松 本店
  • 【住所】東京都台東区上野6‐4‐13
  • 【電話番号】03‐3834‐1363
  • 【営業時間】11:30~14:00、16:00~23:00
  • 【定休日】月曜
  • 【アクセス】地下鉄「上野広小路駅」「上野御徒町駅」より2分

文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎

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大竹 聡(ライター・作家)

1963年東京の西郊の生まれ。早稲田大学第二文学部卒業後、出版社、広告会社、編集プロダクション勤務を経てフリーに。コアな酒呑みファンを持つ雑誌『酒とつまみ』初代編集長。おもな著書に『最高の日本酒 関東厳選ちどりあし酒蔵めぐり』(双葉社)、『新幹線各駅停車 こだま酒場紀行』(ウェッジ)など多数。近著に『酔っぱらいに贈る言葉』(筑摩書房)が刊行。