東に西に、北に南に。酒場を知りつくす作家・大竹聡さんによる「20代に教えたい」酒場案内。今年の1軒目は新年にふさわしき「樽酒」が飲める酒場。なんでも通年、何種もの樽酒を用意しているのだとか。樽が並ぶ様も圧巻です。
もうすぐ2月。すっかり遅くなりましたが、新年、おめでとうございます。
このお店案内も、数えて10軒目。今年の最初は目出度く樽酒でいこうと、かねてより、思っていました。
では、どこで飲もうか。樽を置いている店は多くはない。けれど、ないわけでもない。
八重洲、浅草、湯島に、国分寺……。樽から徳利か枡へと取った酒を味わえる店はあります。名古屋には、広島の銘酒「賀茂鶴」の樽酒を出す「大甚(だいじん)」という名店もある。
行くか、名古屋まで!と思いはするものの、私などは、年に1、2度、名古屋を訪ねるたびに必ず寄っているから、「賀茂鶴」の愉しみはそのときのために取っておきたいという気持ちもある。
で、どこにするか。ここは迷わず上野なのです。店の名は、「たる松 本店」。御徒町駅から向かえばすぐだ。広い間口の引き戸を勢いよく開けて、店へ入る。
訪ねたのは本年1月15日。小正月だ。関西で言えば、まだ、ぎりぎり松の内というタイミングであるから、盛大に、賑やかにやろうと思う。
白木のカウンターにつく。このカウンターのすべすべ感は、触れて心地よく、見た目にも爽快で、まことに美しい。
目の前に、樽が並ぶ。これこれ。この光景こそ、「たる松 本店」の顔というものだ。
菊正宗、酔心、それから高清水の化粧樽が、重ねてある。見事だ。盛大である。これを眺めなくてなんの正月かと思う。
間の渇きは、ひとまずのビールですばやく癒す。そうして、喉を潤わせたところで、早くも樽酒に入ろうではないか。
「菊正宗。お願いします」
さっそく運ばれてくるのは、枡酒だ。徳利に入れてもらった酒と枡が来て、その枡の角に、塩をのせる。その塩を舐めながら、酒を飲もうということなのだが、この飲み方、正直に言って、私はあまり得意ではない。ときにしょっぱくなりすぎる。生来の不器用はこういうところにも災いするのだ。
けれど、やはり、枡で味わいたいと思うのは、樽酒についている樽の香りを味わうのに、枡で受けたほうがうまいと感じるからだ。まあ、お燗をしてしまえば徳利からぐい飲みで十分なのであるが、冷やとなると、やはり、樽の酒を枡でやる、という形は、たいそう魅力的である。
樽の香りと書いたが、これを、木香(きが)というらしい。4斗樽には、一升瓶にして40本もの酒が入っている。当然のことながら、開栓したばかりの頃と、最後のほうの残りの酒では、味も香りも異なる。
ちょっと想像すればわかることだが、開栓したばかりはさらりとした爽快な感じがし、残り少なくなってからは、木香が強くなる。個人的な感想だが、味わいもシブく、濃くなるような気がする。
どちらがいい、という話ではない。これは好みの問題。口開けが一番だよという旦那がいれば、終いの一滴がいいんだという長老もいる。今、私の眼の前に来た菊正宗は、味わい爽快。いつもの、菊正。実に、うまいと、満足する。
――東京・上野「たる松 本店」(後編)へつづく。
文:大竹聡 イラスト:信濃八太郎