写真家の萬田康文さんが山形県鶴岡を目指す旅の途中で会いたい人に会い、ありあまる移動時間の中で心の内や日常を見つめなおす“マンダラ旅”第2話。157分の乗り換え待ち時間ができた福島駅に繰り出します。
10時11分、福島駅着。曇り。
福島駅改札で18きっぷを見せ、福島の街に繰り出す。
目的のひとつ、「コトウBOOKS & CAFE」は11時オープンなので、コインロッカーに大きな荷物を預けて身軽になったら、店まで街をブラブラと歩く。
福島駅から10分ほど歩くと、繁華街になり狭いエリアに大小の古い店、新しい店がたくさん集まっている。縁あってこの何年か毎年、福島に通っている。その度、この街の個人店の魅力が徐々に見えて来ている。
カクカクと路地裏に入って行くと、古く趣のある2階建ての建物が見える。
前回お邪魔した時、建物の1階部分は「バーンズ」という福島の老舗の洋服屋さんで、「コトウBOOKS & CAFE」は2階でひっそりと営業していた。洋服屋の脇にある急な階段を上がると屋根裏部屋のようなこぢんまりとした空間があり、女性のお客さんが2人、それぞれコーヒーと読書を静かに楽しんでいた。窓から橙色の西陽が鋭角に光を結んで、差し込んでいる。僕と友人もコーヒーを注文し、置いてあった古本を手に取り、その本について取り止めもないおしゃべりをした。秋の気持ちよく晴れた日だった。
「コトウ」に着くと、店主の小島雄次さんが穏やかな笑顔で迎えてくれる。
1階には古書新書に関わらず本がたくさん置かれていて、前回来た時よりも本屋さんの色が強くなっていた。驚いたことに、「コトウ」ができるまで福島市には大型チェーン店以外には古本屋さんがなかったそうだ。穏やかな語り口の福島の方言で小島さんが、福島の古本屋事情について教えてくれる。
我々はオリジナルブレンドと今週のコーヒーをお願いして、本棚を物色する。
小島さんがハンドドリップでコーヒーを落とすと、本屋さんから喫茶店の匂いになる。
淹れ立てのコーヒーの写真を撮ろうと2階に上がると、白い光に溢れる清潔な空間が広がっていた。いつの間にか晴れていた。
朝陽が当たるテーブルにカップを置き、コーヒーとその湯気の光景を思いがけず、たくさん撮ってしまう。静かだ。湯気と僕の心だけが、もわっと動いて揺れている。
写真を撮り終え、下に降りる。
丁寧に落とされた、本日最初のコーヒーを頂きつつ、小島さんに「18きっぷで福島から鶴岡まで行く間に読む本を選んでくれませんか?電車旅なので、できれば小さく軽い文庫本で」と、かなり無茶なお願いをする。
小島さんは時間をかけて本棚を巡り、少し申し訳ない表情で「文庫でなくてもいいですか?」と仰った。
もちろん大丈夫です、と答えた僕に差し出されたのは、音楽家、映像作家の高木正勝さんの著書『こといづ』(木楽舎)。月刊誌で連載されていた、兵庫県の山村に移住された高木さんの身の回りのことや、ものを詩的で、飾らない言葉で文章にまとめたものだ。「旅にはピッタリだと思います」と小島さん。
小川の流れの音をただ感じるように、木々に休む小鳥たちのさえずりに耳を傾けるように、高木さんの音楽を聴くように読める高木さんの言葉とリズムは旅にピッタリだと、移動の車中で読んで理解した。エッセイ集なので拾い読みで、どこからでも読めるのも良い。
小島さんに見送られつつ、次はお昼を食べるべく、「食堂ヒトト」に向かう。
旅の言葉「ありがとう、さようなら、また来ます」と小島さんとコトウに言う。
通りにご飯が描かれたのぼりが見える。
「食堂ヒトト」(以下ヒトト)のあるニューヤブウチビルだ。
2階の花屋さんの匂いを嗅ぎつつ、さらに上ると「ヒトト」だ。
ドアの小さな窓を覗くと、知ってる顔が何人か忙しそうに台所(厨房ではなく)でくるくると働いている。
12時前なのにすでに何人かのお客さんが見える。
「ヒトト」では、無農薬や種の出所が確かな野菜や調味料を使った、美味しさが体に染み入るような料理が食べられるので、それ目当ての女性のお客さんが多い。
福島で時間が取れると分かった時に、普段忙しく不摂生しているであろう編集ヌマさんに、「ヒトト」のごはんを食べてもらいたいと思った。
ドアを開けると「あ~、萬田さん!」と店長の宍戸佑三子さんがこちらを見つけてくれる。
僕と事務所の相方である写真家・大沼ショージのユニット(?)カワウソ名義で酒の肴の本『酒肴ごよみ365日』(誠文堂新光社)を出させてもらった時に、出版記念イベントとして“カワウソ酒場”をヒトトで開催した。
それがきっかけに年1回の恒例イベントになり、カワウソ酒場は昨年で3回目を迎えた。カワウソ2人が大変お世話になっているお店なのだ。
ヒトト定食と小菊かぼちゃの玄米ドリアを注文する。
待つ間、他のお客さんに料理が運ばれる。定食には何種類も野菜や食材が使われているので、サービスのたびにひとつひとつ料理の説明をしている。説明する方も、それを聞く方もなんだか良い表情をしている。
僕は仕事というのは、関わる人全員が幸せになって初めて完結するものだ、という考えで生きている。
もちろん、僕も毎回うまくいくわけではないけど、そうなるように自分なりに工夫をしているつもりだ。
その工夫をするさまに人のつながりや、温かさや、美しさがあると思っている。
それは疚しさや誤魔化し、嘘というストレスを排していくことと同義だ。
今、目の前で起こっていることはひとつの仕事の完結したかたちなんだろうなと。
生産者、料理人、客、店、そしてそれを取り巻く街、環境、その要素が交わって、ささやかな「生きる楽しみ」という目的の円が描かれるのが見える。
しばらくして僕のテーブルに運ばれて来た料理を写真に収めた。
美味しくて、食べていて罪悪感のない、滋味だけでつくられた料理を、よく咀嚼して胃の腑に収める。
今日も美味しかったです、ごちそうさまでした。
ありがとう、さようなら、また来ます。
階段を降りて、通りに出る。空気を吸い込む。
駅までゆっくり歩いて戻るのにちょうど良い時間だ。
――つづく。
文・写真:萬田康文