萬田康文さんの青春18きっぷで東北マンダラ旅。縁が円を描くのだ。
朝5時、上野発。13時間の鶴岡への旅のはじまり。

朝5時、上野発。13時間の鶴岡への旅のはじまり。

「青春18きっぷ」で行く各駅停車の旅にはなじみのある写真家の萬田康文さん。今回の旅の目的は、山形県鶴岡に移住を果たした料理家・マツーラユタカさんに会いに行くこと。そしてその往路で、ゆかりのある人々の顔も見に行くこと。縁がつむがれて新たに描かれる円。長い長い移動で出会う自分の内面。そう、これはいわば、ふだん意識下にある“真理”に気づく“マンダラ旅”なのだ。

向かうは冬の東北。山形県鶴岡のマツーラユタカさんに会いに行こう。

取材と取材の合間のぽっかりと空いた時間。浅草の洒落たカフェ。湯気を立てるカフェラテの向こうで、編集のヌマさんが言った。
「萬田さん、青春18きっぷで旅に出ませんか?今回は西以外がいいかなぁ」
夏の前シリーズでは3人の旅人が西へと向かったためだという。
青春18きっぷで西以外の旅。進路、残されるは北か?

――昨年の8月に秋田、青森へと僕は青春18きっぷ(以下18きっぷ)を使って旅に出た。渓流釣りと写真を撮るためだ。
上京前、関西出身の僕には東北地方は外国のように遠く、未知の場所だった。テレビや雑誌の情報はもちろんあるけど、足を運んで、その土地の空気を吸わない限り、それは知っているにはならない。
ここ数年、東北地方の素晴らしい景色や渓流魚、素朴な人々やその営み、料理に触れるたび、失われた日本の「何か」を見つけたり、気づいたりしつつ、心を静かに震わせている。

思い出の車窓。関西出身の僕にとって、東北への旅は外国のように遠くもある。

前回の旅はこんなだった。
東京を始発で出発して、秋田駅に着いたのは夜の8時を過ぎていた。
荷物を降ろし、目をつけていた大衆酒場に向かう。
たまたま、その日は高校野球、甲子園の決勝戦前日。
満席の店のお客さんたちは、金足農業高校が秋田勢初の全国制覇の夢を酒の肴に、大いに盛り上がっていた。地元の若者たちの活躍を心から喜んでいる酔っ払いたちの秋田弁を聞きつつ、ひとり秋田の酒を飲む。それは自分が旅の中にいることを思わせてくれた――。

そんなこともあって、冬の東北に向かう18きっぷの旅もいいなと想いを巡らせたら、ふと同い年の料理研究家の名前が頭に浮かぶ。
今年、東京から山形県鶴岡市に移住した、マツーラユタカさんのことが。
マツーラさんはdancyuとの関わりもあるし、彼の新しい拠点である「manoma(マノマ)」をオープンして間もない。SNSで写真や近況は見ているけど、実際に行くタイミングを探していた。

「18きっぷで鶴岡まで行き、マツーラさんの新しいお店で料理を食す」
悪くない、いや渡りに船。これで今回の旅の大枠の目的が決まる。
時刻表で鶴岡までの乗り継ぎを調べると、福島駅で2時間半の空き時間。
福島には知り合いの店があるので、途中下車でお昼も食べられるし、お茶もできる。

すると、ヌマさんはこんなことまで言い出した。
「いいですね!立ち寄り先が萬田さんの会いたい人ばかりなら、原稿も書いてみませんか?」

マツーラさんと連絡をとってもらうと、なんとかスケジュールの調整が付きそうだ。
鶴岡への旅の始まりはこんな風だった。

徐々に体が運ばれる感覚は、高速移動にはない普通列車ならではの感覚だ。

上野駅

12月23日。少しだけ雨が残る、まだ真っ暗な朝5時前。
上野駅中央改札でヌマさんと落ち合い、始発の宇都宮行きに乗り込む。

ホーム

乗客は少なく、車内は静かだ。誰もが、寝るかスマホか。
前日の疲れと今朝の早起きで、うとうとしている間に101分後、宇都宮に到着。
黒磯行きに乗り換える。5分後に出発。郡山まではタイトな乗り換え時間が続く。

少し寝たので、車窓を見る余裕ができる。
進行方向、左の窓に見えるのは日光の男体山か。
すっかり雪を纏っている。山のある景色が現れると、いよいよ旅の気分がムクムク。

車窓

ちょうど高校生の通学時間と重なる。今日は冬休み直前の月曜日でクリスマスイヴイヴだ。学生さんは参考書を読んだり、友だちと話したり、ふざけあったり。自分が高校生だった頃と変わらない車内の光景を見ていたら、自分のその頃の“楽し苦しい”ことを思い出して、なんとも言えない複雑な気持ちになる。
青春も青春18きっぷの旅も、まっすぐ上手く行かないから思い出に残るんだな。
大人になってからも、その不器用さは大事だ。きっと。
って、まさに今、目的地まで鈍行という不器用さを実践しているけどね、我々。

線路
車内
車内

新幹線や飛行機の移動と違い、徐々に体が運ばれて行く感覚は普通列車ならでは感覚だ。
僕たちの体や脳は想像しているよりも、高速移動にストレスや時差を感じているのではないか。
前回の18きっぷの旅も長距離の移動時間に対して、思ったよりも心身の疲れが少なかった。
プラットホームで新幹線の通過待ちをしているときに感じる、トップスピードで疾走する車両の勢いと風圧の強さ。見るたびに「あれに普段乗ってるのか」と思うと背筋が冷たくなる。
飛行機に至ってはその時速を知りたくもなかったくらいだ。
技術は進化しても人間は変わらない。
そんなことも旅は気づかせてくれるし、18きっぷの旅人は嫌ってほど考える時間があるのだ。

車窓には雪。アノニマスな景色を飽きることなく見ていた。そして福島着。

黒磯から新白河に向かう途中から雪景色に。
列車は雑木林を走る。雑木林の複雑なレイヤーが移動する僕の目に錯覚を起こして、生き物のようにうねるのを見るのが小さい頃から好きだ。その合間に雪にうっすらと覆われた田や畑、民家が見える。
繰り返されるアノニマスな景色を飽きることなく見ていたら列車は郡山で停まる。
プラットホームに降りると、吐く息が白く硬い。

20分ほど時間があるので一旦、改札口で切符を見せて駅ビルにあるチェーンのコーヒーショップに向かう。朝食を抜いていたので、コーヒーではなくココアにしよう。
外で待っていると、向かいの売店の棚に郡山の銘菓“ままどおる”が目に入ったので、購入。旅のお供にはベタ過ぎるくらいの名物が気分だ。
福島行きの列車に乗り込み、さっそく食べる。昭和のお菓子らしい、しっかりとした甘さのミルク味の餡をしっとりとしたバター生地で包んだお菓子。ココアとダブルで甘い。
帰ってから調べたると“ままどおる”はスペイン語で「お乳を飲む子」の意だそう。
なるほど、まだまだ僕も乳飲み子くらいヒヨッコだなあとパソコンの前で妙に納得。

切符とままどおる

福島に向かうにつれ、車窓の景色から雪がなくなって行く。
ぼんやりと薄曇りに見え隠れする太陽を目で追う。

10時11分。予定通り、最初の目的地である福島に到着。
む、暖かい。

――つづく。

文・写真:萬田康文

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萬田 康文

写真と釣りと料理と長風呂がどうしてもやめられない、奈良生まれのロスジェネ世代。春夏は渓流を彷徨うべく釣竿とカメラを手に旅をし、秋冬は東京の暗室に籠ってプリントをつくり、春夏秋冬チラホラと来る仕事で糊口をしのぐ生活。2010年より写真家・大沼ショージと東京・駒形に写真事務所カワウソを開く。著書に『イタリア好きの好きなイタリア』(文・松本浩明/写真・萬田康文 イーストプレス)、『酒肴ごよみ365日』(カワウソ 萬田康文・大沼ショージ 誠文堂新光社)夢は北海道で“喫茶軽食釣具”の店を開くこと。名前はもちろんカワウソ。