京都人は牛肉好きだといわれる。肉じゃがもカレーも野菜炒めも、豚肉ではなく牛肉を使う。鮮魚自慢の割烹に行っても近江牛の炙りがメニューにあったりする。「京都の人は本当に牛肉好きなのね~」と思わされるのだ。そんな京都で最近メキメキと店数を増やしているのが、肉割烹だ。生も焼きも煮込みも揃った最新にして熟達の肉料理店を紹介しよう!
いつもの食いしん坊メンバーで紹介制の鮨店に行こうと集まったところ、予約していたはずの席が手違いで取れていなかった。「じゃあ、どこに行こう」と悩む。並ぶのも待つのもイヤで、基本、居酒屋でも予約する京都人の集まりだから、席の確保もしないで店を訪ねるなんてことはしたくない。
そんなとき、メンバーのひとりが「そう言えば、最近オープンした肉料理の店がある」と言って案内してくれた。鮨から肉へ180度(?)の方向転換ではあったが、誰もが肉好きだから文句はない。
そのとき、訪ねたのが「肉料理 澁谷」だ。突然の出逢いだったにもかかわらず、何を食べても心が弾んだ。連れてきてくれた友人に、思わず「鮨よりもよかったかも~。ありがとう」と感謝したものだ。
河原町通りから一本西側のひっそりとした通りにある築80年の町家。鄙びた雰囲気が漂う。
2019年6月に開業した「肉料理 澁谷」は、澁谷さん父娘が営む肉料理の専門店だ。渋谷さんは、祇園の名店「安参」に学生時代からアルバイトとして働き始めた。当時は料理人になろうとは思ってもみなかったそうだ。
「相性がよかったのか、仕事自体も楽しくて、気づいたら47年も同じ店で働いていたんですね」
数年前に店主が亡くなってからは、料理のすべてを任せられていたというが、2019年に思い切って、娘とふたりで独立を果たした。
メニューは「タン刺し」や「ユッケ」といった生肉に、「テール煮込み」などの煮込み料理、ミノやタン、ロースなどの焼きものと、店名の通り肉料理が中心。というか、肉以外はサラダと突き出しの「白菜の漬物」くらいなのだが、これがまた気の利いていて旨いのだ。白菜自体はサラリとしているのに、昆布のねっとりとした旨味が光る。私は、許される限り、この白菜をおかわりする。
たっぷりと食べたいなら、おまかせで生から順に食べてもいいし、空腹具合に合わせて、食べたいものだけを注文してもいい。ふたりで一人前ずつ注文すれば、あれこれいろんな料理を味わえるというもの。とはいえ、タンもハツもユッケも食べたくなって、結局、生を全種類注文してしまうけれど。甘く、ほどよい脂感のあるユッケには、卵黄と醤油ベースのタレが少し。その塩梅がまた抜群で、肉の味をひきたてる。
渋谷さんに「このタレは何が入ってるんですか?」とお聞きしたら、「内緒です」と種明かしはしてもらえなかった(笑)。きっと、このタレにも、47年間の秘訣が詰まっているのだろう。
いい具合にサシの入ったロースがメインになるが、タンやハツなど内肉メニューも多い。肉の仕入れはどうしているのかと気になった。
が、実際には「前の店からお付き合いのある、信頼のおける肉屋さんに一任している」そうだ。長年、肉を見て触ってきた渋谷さんだから、届いた肉を見れば状態はわかる。「良い肉しか使わない」と断言する。決して妥協などあろうはずがない!
かつては民家だった町家を改装した店内。「澁谷」の前も飲食店だったという。
玄関から入ってすぐの座敷には、4人用のテーブルがふたつ、中ほどに5席のカウンターがあって、上の写真は奥のお座敷。私は、澁谷さん父娘との会話を愉しめるカウンター席が好みだが、庭の見える座敷も京都風情を楽しめる。町家で肉、なんとも魅力的なフレーズなのだ。
酒の肴には「ミノの湯引き」がいい。ふんわりとして見えるが、口に入れるとほどよい噛み応え。かといって噛み切れないようなミノではない。たっぷりのあさつきと紅葉おろしを混ぜていただく。淡泊ではあるが、肉の旨味をしっかりもったミノは、まさに噛むほどに美味しい一品。生と焼きの間に挟みたい。これだけで、ビールも日本酒も進むのだ。
文:中井シノブ 写真:ハリー中西