京都で飲みたい
もしかしたら「京都に住みたい」と思ってしまうかもしれない。

もしかしたら「京都に住みたい」と思ってしまうかもしれない。

家庭的だけれど、家庭料理とは一味も二味も違う。おひたしなどの和食もあれば、テリーヌといったフランス風の料理もある。食べたいものがいつもあるから、つい足が向く。京都人の心を癒す呑み処「ももてる」はそんな店なのだ。

うちは呑み屋ですけど、いいですか?

芥子菜のおひたし&ほたるいかの酢味噌
「芥子菜のおひたし&ほたるいかの酢味噌」700円。「ももてる」ではよくあることだが、ふたつのメニューを一盛でお願いできることがある。この日も辛子菜とほたるいかを両方盛にしてもらった。

予約の電話が入ると、調理中でも電話にでるのは必ず店主の井上ももえさんだ。おそらく電話から聞こえる声で常連かそうでないかがすぐにわかるのだろう。初めての客だとわかると「うちは呑み屋なんですけど。ごはん食べる店と違いますけど、いいですか~?」と伝えている。カウンターに座っている常連客は、ここで皆、ニヤリとする。「こんなに美味しいものをつくるのに、やっぱりここを呑み屋だと思ってるんだ」と。

かぼちゃのテリーヌ ソーセージ
「かぼちゃのテリーヌ ソーセージ」700円。ももさんのお母さんが炊いた「かぼちゃの炊いたん」の味。その煮物をかためてチーズを張って焼いた。ちょっと甘くて、しょっぱいソーセージとよく合う。

「ももてる」は、2020年4月で17周年。呉服商の美人OLだったももさんが、一念発起して開いた店だ。私はOLだったももさんと行きつけの飲み屋が一緒で、しばしば顔を合わせる仲だった。皆で集まったときに、ももさんがササッとつくってくれる料理が半端なく美味しくて。冗談ではなく「ももさん料理のお店を開いてほしい」と思っていた。

バックカウンターに並ぶ食器。昭和感のあるものや骨董的なもの。和洋入り混じっているが、どれも、ももさん好みの可愛いらしさがある。

ももさん曰く、「素人がいきなり飲食店は無理じゃない?」と言われたこともあるそうだ。だが、そんな周りの心配をものともせず、「ももてる」はずっと人気店である。カウンターには大学生や隠居した元大企業の役員、役者、学校の先生、有名料理人、編集者など、本当に多種多彩な老若男女が座っている。
どんな人も、求めているのは「この味なんだよなあ」と私は思う。ポテサラやトンテキ、唐揚げといった家庭料理なんだけれど、自分では決して出せない味。
ほっとするのに、ボディブローのようにじわじわとお腹に効いて、ついにはノックダウンさせられる。

ポテサラ いくら
「ポテサラ いくら」600円。「ポテサラ」は、ほかにも青じそ、ブルーチーズがあって、なんなら全種類を食べたくなる。玉ねぎのピリッとした辛味、マヨネーズ少な目の小粋な味わいなのだ。

友人の食いしん坊カメラマンは、「ここの唐揚げが日本一美味しい」と言っていた。「ももさんのカレーを食べたら、ほかのカレーが物足りなくなった」と言う洋食料理人もいる。ももさんは天才だという人も多い。あるとき、ももさんに「優秀な舌なんやろうねえ」と言ったら、「私の手から旨味がでるねん」という答え。
ちょっと傾いたカウンターの内外でのそんなやり取りも、この店に来たくなる理由かもしれない。

大西さん
常連客の大西さん。ももさんのマブダチでもある。気前が良すぎて、気が付いたらみんなにワインをふるまっている、という男前だ。

こんなふうに書いていると、常連客が多くて入りづらいのでは?と思う人がいるかもしれない。ところがそうではないのが、またいいところ。もちろん、最初は常連パワーにちょっと驚くかもしれない。けれど、ももさんがうまくとりなして、いつの間にかみんなの輪の中にいられるようになる。
べたべたし過ぎず、ツンケンしない客同士の距離感も、この店の醸す空気のせいなのか。
東京から毎月京都を訪れる常連さんは、「この店があるから京都へ来る」と言うし、中には、「ここに通いたいから、京都にマンションを買った」という人もいる。
ほんとうに不思議なんだけど、ももさんに、みんなやられる。

――つづく。

店舗情報店舗情報

ももてる
  • 【住所】京都府京都市下京区綾小路堺町西入ル綾材木町197
  • 【電話番号】075‐344‐0238
  • 【営業時間】18:30~23:00
  • 【定休日】日曜
  • 【アクセス】京都市営地下鉄「烏丸駅」より5分

文:中井シノブ 写真:ハリー中西

中井 シノブ

中井 シノブ (編集者・ライター)

京都在住。情報雑誌の編集長を経てフリーの編集、ライターとして活動する。京都の飲食店取材は1万軒以上。趣味は外酒、外飯。著書に『京の一生もん』(紫紅社)、『京都女子酒場』(青幻社)、『奇跡のレシピ』(KADOKAWA)共著などがある。