家庭的だけれど、家庭料理とは一味も二味も違う。おひたしなどの和食もあれば、テリーヌといったフランス風の料理もある。食べたいものがいつもあるから、つい足が向く。京都人の心を癒す呑み処「ももてる」はそんな店なのだ。
予約の電話が入ると、調理中でも電話にでるのは必ず店主の井上ももえさんだ。おそらく電話から聞こえる声で常連かそうでないかがすぐにわかるのだろう。初めての客だとわかると「うちは呑み屋なんですけど。ごはん食べる店と違いますけど、いいですか~?」と伝えている。カウンターに座っている常連客は、ここで皆、ニヤリとする。「こんなに美味しいものをつくるのに、やっぱりここを呑み屋だと思ってるんだ」と。
「ももてる」は、2020年4月で17周年。呉服商の美人OLだったももさんが、一念発起して開いた店だ。私はOLだったももさんと行きつけの飲み屋が一緒で、しばしば顔を合わせる仲だった。皆で集まったときに、ももさんがササッとつくってくれる料理が半端なく美味しくて。冗談ではなく「ももさん料理のお店を開いてほしい」と思っていた。
ももさん曰く、「素人がいきなり飲食店は無理じゃない?」と言われたこともあるそうだ。だが、そんな周りの心配をものともせず、「ももてる」はずっと人気店である。カウンターには大学生や隠居した元大企業の役員、役者、学校の先生、有名料理人、編集者など、本当に多種多彩な老若男女が座っている。
どんな人も、求めているのは「この味なんだよなあ」と私は思う。ポテサラやトンテキ、唐揚げといった家庭料理なんだけれど、自分では決して出せない味。
ほっとするのに、ボディブローのようにじわじわとお腹に効いて、ついにはノックダウンさせられる。
友人の食いしん坊カメラマンは、「ここの唐揚げが日本一美味しい」と言っていた。「ももさんのカレーを食べたら、ほかのカレーが物足りなくなった」と言う洋食料理人もいる。ももさんは天才だという人も多い。あるとき、ももさんに「優秀な舌なんやろうねえ」と言ったら、「私の手から旨味がでるねん」という答え。
ちょっと傾いたカウンターの内外でのそんなやり取りも、この店に来たくなる理由かもしれない。
こんなふうに書いていると、常連客が多くて入りづらいのでは?と思う人がいるかもしれない。ところがそうではないのが、またいいところ。もちろん、最初は常連パワーにちょっと驚くかもしれない。けれど、ももさんがうまくとりなして、いつの間にかみんなの輪の中にいられるようになる。
べたべたし過ぎず、ツンケンしない客同士の距離感も、この店の醸す空気のせいなのか。
東京から毎月京都を訪れる常連さんは、「この店があるから京都へ来る」と言うし、中には、「ここに通いたいから、京都にマンションを買った」という人もいる。
ほんとうに不思議なんだけど、ももさんに、みんなやられる。
――つづく。
文:中井シノブ 写真:ハリー中西