マグロをめぐる冒険。
誇れる冷凍マグロがある|冷凍マグロ最前線②

誇れる冷凍マグロがある|冷凍マグロ最前線②

日本最高峰のマグロを扱う、豊洲市場のマグロ仲卸「石司」。近海の生の本マグロのみを扱ってきた「石司」の店頭に、海外の海で日本船が漁獲した天然ものに限り、冷凍が並ぶようになった。その理由とは、いったい?

「船を売る時代」へと変わってきた。

きっかけは、日本一の冷凍マグロの水揚げ量を誇る静岡・清水港に本拠地を置く水産会社「八洲(やしま)水産」の柴原毅(たけし)社長との出会いだった。

それは2014年のこと。現在は「石司」の番頭をしている中島正行さんの紹介だった。
最高級のマグロを扱うとはいえ豊洲一の仲卸と、遠洋で獲れたマグロを船ごと一艘買いする「八洲水産」とでは商売の規模も立場もまったく異なっていた。
全国の名だたる一流鮨店と取引きする「石司」は「量より質」を重視。一方の「八洲水産」もまた冷凍マグロ業界において「量より質」を信条としていた。

「石司」店頭の専用のガラスケースには、「八洲水産」から買い付ける冷凍の天然本マグロのスライスが飾られている。

両者をつないだのは、「石司」三代目の篠田貴之さんが掲げた「これからは船を売る時代」という信念だった。

「八洲水産」の柴原社長は言う。
「生であれ冷凍であれ、最高のマグロを届けたいという気持ちは一致していました。石司さんが希少な近海の『生』にこだわる同じくらいの熱量で、私たちも遠洋の『冷凍』にこだわっています。もちろん、冬の津軽海峡で獲れた旬の生の本マグロもいいと思います。けれども、冷凍にも生に引けを取らないよさがある。とくに最高の時季にいい漁場で釣り上げた後、適切な処理を施した上で冷凍した魚の味は、生にも負けない。つまり、遠洋漁業も漁の責任者である船頭の意識、情熱でマグロの品質も変わるのです。だからこそ、私たちもお客様に単純にどこで獲れたかではなく、どの船がどのようにして獲ったかを伝えていきたいと思っていたのです」

篠田さんにはまったく別の理由もあった。
それは、国産の生の本マグロの未来に一抹の不安を覚えていたからだ。
日本近海の本マグロは絶滅危惧種に指定され、そもそも資源量が減っている。そのため、全国のマグロの水揚げ港に割り当てられる漁獲枠が少なくなり、結果として豊洲に入荷する本マグロの量が激減しているというのだ。

篠田さんはこう考えた。
「このまま国産の生だけで商売が続けていけるのか、という思いがあるのは事実です。貴重な資源であるマグロを後世にまで伝えるには、ある程度の規制も必要だと思います。その点、遠洋漁業で獲れたマグロは国際的な規制で厳格に定められていて、その魚がどこで、誰が、どのような方法で獲ったのかを示すトレイサビリティーが明確なので安心して使える利点があります」

この日は「正進丸」という漁船がアイルランド沖・北太西洋で獲った、冷凍の本マグロのスライスが飾られていた。話し合いを何度も繰り返し、冷凍本マグロの等級を細かく6段階にわけ、その最上ランクのマグロを買い付けている。
豊洲市場内に「石司」が持つ、マイナス60度の巨大な冷凍庫から一部を店頭の冷凍庫へ移動し販売。こちらもマイナス60度の冷凍庫で、いい時季にいい漁場で獲り、的確な処理をした状態をキープしている。

やるならば、本気でやる。

こうして2人は意気投合。
冷凍マグロの中の最高品質のものに限って、両者で協力して販売することを約束した。

そして、やるのであれば、本気でやろうと、篠田は新市場の開場に合わせて新調したユニフォームに、お互いの店の屋号を刻んだ。

篠田さんは言う。
「柴原さんと会って、昼も夜も何度も話をしているうちに、マグロにかける情熱が本物だと思ったんです。だって、普通は船名ではなく、会社の名前でマグロを売りますよね。生と冷凍で扱っている品物は違うけれども、誰よりもいいマグロをお客さんの元に届けたいという気持ちは一致している。これは、タッグを組めるな。そう思ってからは早かったですね」

右胸に「石司」。左胸に「八洲水産」の名が刺繍された緋色(ひいろ)のユニフォーム。

果たして、国産の生の本マグロにも負けない冷凍マグロとは、どんなものなのか。
それが知りたくて、冷凍マグロが水揚げされるという静岡・清水港に向かった。

――つづく。

文:中原一歩 写真:鵜澤昭彦

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中原 一歩(ノンフィクション作家)

1977年、佐賀生まれ。地方の鮨屋をめぐる旅鮨がライフワーク。著書に『最後の職人 池波正太郎が愛した近藤文夫』(講談社)、『私が死んでもレシピは残る 小林カツ代伝』(文藝春秋)など。現在、追いかけているテーマは「鮪」。鮪漁業のメッカ“津軽海峡”で漁船に乗って取材を続けている。豊洲市場には毎週のように通う。いつか遠洋漁業の鮪船に乗り、大西洋に繰り出すことが夢。