米をつくるということ。
棚田に愛を込めて|米をつくるということ㉓

棚田に愛を込めて|米をつくるということ㉓

田植えから5ヶ月。遂に稲刈りが終了した。2回の草刈り&草取りと併せて、全4回の田んぼ仕事。たった4回なのに、愛着だけは人一倍。わが棚田が愛しい。これから出来る米はきっとかわいい。愛情を込めて付き合ってきた棚田とはこの日でお別れ。松代の土と水と空気とスタッフのみなさんに感謝!

食べてこそ、米なんだな。

5月末の田植えに引き続き、秋のイネ刈りにも料理家のマツーラユタカさんからお昼ごはんが届いた。今回は「青果ミコト屋」の鈴木鉄平さんも、珍しい伝統野菜の料理を持参してくれた。稲刈り隊の面々も、このランチを心待ちにしていたようで、みんなに笑顔が広がっていく。

稲刈り隊に昼飯を振舞ってくれた2人。右に立つマツーラユタカさんは田植えから2回連続。そして強力な助っ人は「青果ミコト屋」の鈴木鉄平さん!
ずらりと並んだ御馳走たち。米と野菜が中心で、しかも野菜は稀少な伝統野菜。棚田の前で食べる予定も、雨。急遽、農舞台の屋台を使うことになったけれど、これがまたいい感じ。

彩りの鮮やかな料理がずらりと並んだ中で、ぼくが真っ先に手を伸ばしたのは芋煮だった。田植えのときは気温30度の暑さに音をあげたが、今日のイネ刈りは、体を休めた途端に冷たい風が身にしみるような、あいにくの天気。あったかい芋煮はありがたい。しかも里芋は、なんでも「甚五右エ門」という山形の農家、佐藤家だけがつくっている貴重な品種だそうだ。きのこ、こんにゃくと一緒に食べると、体の強張りがほどけて気持もあったかくなっていく。おかずの野菜たちも、東京ではなかなか口にできないものばかり。信州産在来種の八町きゅうりのほか、黄色いかぼちゃのコリンキーも。
おっ、食用菊の「もってのほか」もあるじゃないか!以前、『dancyu』の取材で新潟の畑まで出向いて食べたことがあった。あれ以来「もってのほか」は、ぼくの憧れの食材だ。

色鮮やかな食用菊「もってのほか」。稲刈り隊の面々からは「初めて~」という声も聞こえたけれど、新潟では秋になると菊をよく食べるんです。

ごはんは黒酢と一緒に炊き込んだ鮭のおむすびと、梅酢で炊き込んだお稲荷さん。おむすびの米は冷えても旨い、というものでなくちゃダメ。アツアツの炊きたてごはんは、たいていの米がおいしくいただける。しかし冷や飯はそうはいかない。やっぱり粒に保水力があって、旨味を残すものでなくてはね。

美しいおむすび。具は鮭。黒酢と炊き込んでいて、さっぱり。稲刈りで疲れた身体に心地いい。しみる。

江戸時代、江戸では朝に飯を焚き温かいごはん、昼は冷や飯、夜は茶漬けにしたという。京阪では昼に飯を焚き、朝、夜は冷や飯を食べたそうだ(『日本文化の原型』青木美智男)。どっちにしても、1日2食は冷や飯だったわけだ。それだからこそ日本の米は、冷や飯でもおいしいものに「進化」してきたのだろう。

さて、冷や飯にしてもとびきり旨いというわが棚田の魚沼産コシヒカリに話を戻そう。
ついさっき、近隣農家の山賀一さんは空を眺めながら「もうすぐ雨」と自信たっぷりに予報した。みんな「そんなバカな。だってだんだん空は明るくなっているじゃないか」と楽観していたが、10分後にはポツリポツリと雨粒が降ってきた。予報どおりの雨だ!農家の人の空模様を見極める力は、スマホの天気予報よりピンポイントでずっと的確である。すごいなあ、いったいどこでわかるの?

雨でも稲刈り。気にしないというよりは、気にならないというのが正直なところかな。やることはわかっているから、集中力がハンパない。

ところが雨模様になっても、いったん稲刈りに没頭したみんなに動揺はない。鎌をふるう手は止まらない。普段なら傘だ、雨宿りだ、となるところを、みんな濡れながらも黙々と作業を続けている。これが田んぼでの米づくりの不思議な魔力だ。ぼくもやめようという気にならない。
はざ(稲架)かけ場に目をやると、いつの間にか、刈り取って逆さに吊したイネの束が、3段あるバーの上段まで達している。おお、どんどん進んでいるぞ。

はざには刈ったイネがどんどんかけられていくから、結果がはっきりわかる。あぁ、これだけのイネを刈ったんだな。

やまない雨も、終わらない稲刈りもない。

イネは機械で温風乾燥するのが、いまでは当たり前だ。特に最近、乾燥温度をコンピュータで細かくコントロールする機能も出てきて、天日干しをする農家はますます少なくなっている。しかし機械を使わず、苗の手植えで始めたこの棚田は、やはり最後も機械乾燥ではなく、天日干しで終わりたい。
柏崎市から参加した高橋宏和さんは大のお米好きで、機会を見つけては田植えや稲刈りのイベントに参加して腕を磨いている。確かに田んぼでの身のこなしが違う。その彼が「とにかく天日干しの米は旨いんですよねえ。絶品です」と、とろけるような目で、はざにかかった稲穂を見つめている。

稲刈り隊のみんなから「リーダー」と呼ばれて、頼りになるアニキの高橋宏和さん。いちばん上の棚田は、ほとんど高橋さんが刈ったかな。

傍らに目をやると、子どもたちがカエルと戯れていた。かつてはどこの田んぼにもいたカエルやイモリといった両生類、ゲンゴロウ、タガメなどの水生昆虫は、どんどん姿を消している。そうこの棚田は無農薬なのだ。だからカエルが元気に生きていけるというわけ。かつては当たり前だった田んぼの姿が、ここには残っている。

稲刈り隊のちびっ子ふたりもよく働きました。ときにはカエルやイナゴやバッタと戯れながらね。

イネの刈り取りが進み、あと30分ほどで予定の終了時間だ。それまでにすべて刈り取れるか、うーん微妙なところだ。と、遠くで黙々と作業する男性の姿が目に入った。あれ、小林名人?
今日は自分の田んぼの仕事があって姿を見せないはずが、やはりぼくらの仕事ぶりが不安だったのだろう。いつの間にか現れて、チームの中でひときわ勢いよく鎌をふるっているではないか!

名人登場!2日目も颯爽と現れた小林昇二さん。終了の時間が迫る中、小林さんがラストスパート。

「そろそろ終わりそうですよ」。棚田スタッフの人が、はざかけを手伝っていたぼくに声をかけてくれた。慌てて鎌を持って最後にイネが残った棚田に急いだ。
中心で腕をふるっているのはやっぱり名人だ。「よし」と気合いを入れて、その輪の中にぼくも入ろうとしたが、名人の勢いに気圧されて、決心がつかない。そうこうしているうちに、彼の鎌がますます勢いを増し、フィニッシュに向かって、まるで稲作農民の本能に従うようにスピードアップしていく。みんなも手を休めてただ見守るだけだった。そして名人の手で最後の一株がバサッと刈り取られ、ついに稲刈りは終了となった。拍手!
はざかけ場には刈り終えたイネが堂々と並んでいる。サイズはやや小振りだというが、いやいや、さまになっているじゃないか。ぼくらの5ヶ月間の汗と涙の結晶なのだ!

稲刈り終了!はざには2日間の成果がかかっていました。収穫の喜びを目の当たりにした瞬間。

最後はチーム全員で記念撮影。これは田植えと同じ。田んぼの仕事はみんなの笑顔で始まり、みんなの笑顔で終わる。つまりチームワークなんだね。
さて、あとは精米されたお米が届くのを待つだけ。いったいどんな味わいに育っているのか、楽しみに待つことにしよう。さようなら、わが棚田よ、愛しのお米よ!

きれいに刈り取られた田んぼを前に、記念撮影。米をつくるということは、ひとりじゃできない。みんなの力だ。

――つづく。

文:藤原智美 写真:阪本勇

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藤原 智美(作家)

1955年、福岡県福岡市生まれ。1990年に小説家としてデビュー。1992年に『運転士』で第107回芥川龍之介賞を受賞。小説の傍ら、ドキュメンタリー作品を手がけ、1997年に上梓した『「家をつくる」ということ』がベストセラーになる。主な著作に『暴走老人!』(文春文庫)、『文は一行目から書かなくていい』(小学館文庫)、『あなたがスマホを見ているときスマホもあなたを見ている』(プレジデント社)、『この先をどう生きるか』(文藝春秋)などがある。2019年12月5日に『つながらない勇気』(文春文庫)が発売となる。1998年には瀬々敬久監督で『恋する犯罪』が哀川翔・西島秀俊主演で『冷血の罠』として映画化されている。