佐渡の「蕎麦 茂左衛門(もぜむ)」へ行くなら、蕎麦だけでなくコースで料理を愉しむのが吉。この地でしか、この店でしか出会えない味が待っているのだから。
佐渡の伝統的な造りの家屋で営む「蕎麦 茂左衛門(もぜむ)」。
随所に配されるのは物語が宿る調度ばかり。いずれも店主の齋藤和郎(かずお)さん、佳子(よしこ)さん夫妻がコツコツと集めてきたものだ。
小物をディスプレイする棚は廃校になった小学校のランドセル入れ。もともと畳敷きだった居間の床板をはがして土間にした空間。そこに置かれるテーブルは、この古民家で穀物を納めるために使われていた「せいろ板」で制作。蕎麦をゆでる道具たちもまた、佐渡の職人が地元の竹でつくったものである。
つるっと蕎麦を手繰るだけで、この空間から去ってしまうのはもったいないなぁ。
という気持ちをお見通しかのごとく、「蕎麦 茂左衛門(もぜむ)」ではコース料理を用意しており、大半のお客がそちらを予約して来店する。
コースの前菜に必ず入るのは、“あごだし巻き玉子”。
佐渡では地域ごとにあごだしの取り方は異なり、和郎さんはあごにカマス節、干し椎茸などを合わせている。
強いインパクト、というよりもひたひたとまあるい旨味が広がるようなおいしさだ。そのだしを惜しげなく含ませた玉子もやっぱり風味絶佳。噛みしめるとじゅわりとだしがしみ出し、柔らかい旨味が広がってくる。
驚いたのは、なんとも立派な鱈が登場したことだ。
見るからにむっちりとした白く厚い身は、上質な甘味があって、弾力のある身からはエネルギーが満ちてくるよう。手製のあけび酢をかけた、豆苗、ルッコラ、水菜のサラダともよく合う。
和郎さんが言う。
「佐渡は鱈がおいしいんですよ。こちらは釣りものの鱈で、シンプルに熱湯で湯がいて、生姜醤油にさっとくぐらせただけ。冬が旬のイメージがありますが、夏は産卵に向けてえさをたくさん食べている時期で身自体が甘いんです。だから味付けは淡くても十分なんです」
秋から冬は、蕎麦の実とカボチャのすり流しに絡める食べ方や、手製のねり胡麻を鍋に入れる“胡麻だれ鍋”で提供。雪が積もる前のふきのとうが採れる時期には、ふき味噌を仕込み、鱈をふき味噌田楽でも味わえるという。
鱈は地元の鮮魚店から仕入れていて、サクラマスや真蛸、ハガツオといった地の魚が登場することもある。
続いて供されたのは、タカナバチメ(ウスメバル)と野菜の天ぷらだ。
「かじりついて食べていただけるよう、あえて大きめに切っています。藻塩で召し上がってみてください」
ここで蕎麦を堪能。
食べ終わると、絶妙なタイミングでかぼちゃのデザートが供された。
添えられているのは、ナツハゼの実のジャム。酸味があって、甘くコク豊かなかぼちゃのいいアクセントになる。
あけび酢やナツハゼのジャム、秋ならキノコ、春なら山菜。こういった山の幸は、夫妻で山に入って採取し、手をかけて料理とともに提供している。聞けば醤油や味噌にいたるまで、調味料を手づくりしているという。
「あけび酢は、おそらく日本中でうちしかつくってないと思います。 はじめはデザート用にあけびをザルで漉して種を取り除いたのですが、味が淡くて断念。でももったいないので、そのままとっておいたらそれが発酵して酢になったんです。食べてみたらすごく美味しくて!5年前から毎年つくってます」
提供する料理に、夫妻がここまで丁寧に手をかける理由はなんなのだろう?
和郎さんがこんな話をしてくれた。
「私は島を出て大学卒業後、地域開発コンサルタントの会社で働いていました。日本各地の地域づくりの仕事をしながら、いつか自分が佐渡に帰るときのことを考えていました。店を通して、できるだけ佐渡の味を伝えていきたいんです」
ゆで鱈の美味の余韻を残しながら、店を後にするとき、夫妻が口を揃えて言う。
「冬は人が少なくなっちゃうんですけどね。冬の佐渡は旨いですよ~!」
それも、今日いちばんと思えるくらいの笑顔で。
車に乗り込むやただちに携帯を取り出し、「佐渡」「冬の幸」と検索をかけたのだった。
文:沼由美子 写真:大森克己