加茂湖は佐渡唯一の湖であり、新潟最大。「あきつ丸」はかの湖で真牡蠣を養殖している。冬から春にかけて、獲れたての牡蠣を心ゆくまで食べることができるのだ。
吾輩は牡蠣である。「あきつ丸」で“牡蠣のコース”を堪能した後は、まさにそんな気分。牡蠣しゃぶ、殻付き蒸し牡蠣、牡蠣フライ、牡蠣の佃煮、牡蠣の味噌汁、牡蠣ごはん(大盛り)を胃の腑に収めれば、あぁもぅ、身も心も牡蠣に包まれる。
そこは加茂湖のほとり。初めて訪れるときは、田んぼと湖に挟まれたそっけない建家に、ちょっとだけ不安になる、かもしれない。特に牡蠣が旬を迎える冬から春にかけての佐渡は、同じ時期のロンドンを彷彿させるどんよりさ。
倉庫のような佇まいの周囲には、びゅうびゅうと寒風が吹く中を漁船が水面でゆらゆら、牡蠣殻の小高い山がこんもり。シュールな夢を見ているような気分になる。
それがね、いざ、がらがらと引き戸を開けて中へ入れば、どうぞどうぞと居間に通され、親戚の家に遊びに来たような感覚を覚える。その風情を懐かしいor斬新と感じるかは各人の来し方によるけれど、夏目漱石の処女作で吾輩が珍野家でくつろぐように、大いになごむ&たゆむこと必至。店というより、家と呼んだ方がしっくりくる。かの吾輩だったら昼寝するよね、きっと。
「あきつ丸」が加茂湖で真牡蠣の養殖を始めて約80年。いまは三代目の伊藤剛(たけし)さん、輝美さん夫婦が切り盛りする。ちなみに、新潟での真牡蠣の養殖は佐渡だけ。佐渡でも牡蠣の養殖は真野湾と、ここ加茂湖の2ヶ所になる。
うん、湖で牡蠣?と驚くけれど、加茂湖は汽水湖。両津湾からの海水と金北山からの山水を湛えた植物プランクトンが豊富な湖水は、通常は2年から3年かけて大きくなる牡蠣を、1年で立派なサイズに育てるという。なんと、おそるべし加茂湖のポテンシャル。
実を言うと、そこがミソ。加茂湖の牡蠣は、水中にいる時間が短いことから、臭みをほとんど感じない。だから、心ゆくまで牡蠣を食べるにはうってつけ。しかも、1年もの若牡蠣は加茂湖でしか獲ることができない。稀少。
兎にも角にも「あきつ丸」で牡蠣が愉しめるのは、12月から年をまたいだそのシーズンの漁期が終わる5月上旬くらいまで。冬から春にかけて水揚げされた牡蠣を殻剥きをして、すべて手塩にかけた牡蠣を供している。
牡蠣尽くしに満たされ、家庭的な歓待に癒され、「あきつ丸」での時間はこよない太平に入る。ありがたいありがたい。
――「あきつ丸」 了
文:エベターク・ヤン 写真:大森克己