フランスから佐渡へ移住して7年4ヶ月。ワイン造りに挑戦し続けているナチュラルワイン醸造家、ジャン=マルク・ブリニョさんが想う「明日の日本ワイン」とは?文筆家・井川直子さんが、彼がいま語る言葉を表します。
――移住5年目の2017年には、「くまコーラ」が日本での初リリースとなりました。この「くま」とは……。
その通り、僕は友人たちから「くま」と呼ばれているので(笑)。そしてこのワインは発泡しているから「コーラ」と名づけました。日本のワインって、スタイルも名前もなんだか格式ばっているものが多いなぁと思って。おいしいものをもっとカジュアルに楽しもうよ!というメッセージを込めたんです。
――伝わっています。楽しくておいしくて。大好評で2018年にも続けてリリースされましたね。
想像以上に周りの反応が大きくて、それだけでもやってよかったと思っています。日本にとってワインは外から入ってきた文化。オリジナルではないからなのか、造り手もみんなドメーヌを目指しているでしょう?もっと自由でいいはずなのに。
――ジャン=マルクさんが、ナイアガラという日本の生食用ブドウの品種を醸造されているのも興味深いです。
そもそもの話をすると、僕らは自分たちでブドウ栽培から手がけるつもりで佐渡で畑を借り、苗木を植えてここ数年間育ててきました。なのに今、貸主の意向が変わり、栽培を保留せざるを得ない状況になっています。
だったらこの問題が解決するまでは、ワイン用ブドウを栽培農家から買って醸造しようと考えたのですが、誰も売ってくれません。ワインを造りたい人はいるのにブドウがない。これは、移住して初めてわかった、日本のワイン造りにおける一番の問題でした。
そんなときに、ワイン用の品種ではないけれど、生食用のナイアガラならあったんです。「くまコーラ」は、さっぽろ藤野ワイナリーの浦本忠幸さんの協力で実現したのですが、北海道では昔からナイアガラが栽培されていて樹齢50年の木もあるのに、(もて余し、別の品種を植えようと)木を引っこ抜こうとしていると。それはあまりにもったいないですよね。今から植えて増やそうと訴えるつもりはないけど、せっかく今あるならば活用しようよって。
また、僕が日本で、日本独特のワインを造るとどうなるんだろう?という自分自身の興味もありました。ナイアガラはヨーロッパ系の品種ではない混雑種ですから、最初は僕にも偏見があったのですが、今そこにある資源を使って、日本ワインの新しい方向性を示せればいいなと。このブドウは栽培家にとっては無農薬栽培がしやすく、豊産生が高い(たくさん穫れる)と思います。ただし醸造家にとっては、もともとが食用なので難しいけどね。
――日本独特のワインは、当然、日本でなければ造れないですね。
新潟の岩の原葡萄園のワインがきっかけで、そういう気持ちになりました。創業者の川上善兵衛さんは約130年も前(1890年)に「日本ならではのワインを造るんだ」と言ってブドウ農園を興し、マスカット・ベリーAなどさまざまな日本の品種を生み出しました。また、山の冷気を運び込んだり、石蔵の中に雪を貯めて雪室を造ったり。冷却設備のない時代に、そこにあるもので何とかしようという発想があった。
そのスピリットをいまだに持っている。岩の原葡萄園の「深雪花」を飲んだとき、いわゆるグランヴァンでなくても、このマスカット・ベリーAみたいにカジュアルに楽しめるワインを造ればいいんだと。だったら、これまでの自分のワインとは全然違うものができそう!って楽しくなったんです。
日本にはマスカット・ベリーAも甲州もあります。山葡萄なども含め、土地に合った品種で、日本の人はどういうものをおいしいと感じるか?といった考えを含めた「明日の日本ワイン」を造っていく必要がある。長いスパンの仕事になるでしょうし、僕だけでなく、若い人から年配まで世代をまたいだみんなでやっていく仕事になるでしょう。
ちょうど日本酒蔵において、若い蔵人の勢いも、杜氏の経験も必要なのと同じことです。そうそう、日本で今からワインを造りたいという人は、フランスのドメーヌの真似をするより、日本の酒蔵をお手本にした方がいいのに!
――目の前だけでなく、遠いところも見つめていかないといけないですね。
ワインの仕事は、自然が相手ですからね。たとえば人間が何も作為を加えなければ、自然は自ら森を再生しようとします。現代のブドウ栽培は、畑に木を植えて森をつくろうとしますが、僕が今から手がけようとしているプロジェクトは逆。今ある(自然によってつくられた)森の中で、ブドウ畑をやるということ。現在は、そのための場所を探しています。
まずは動かないと。ワイン造りは、やってみてから「どうしよう?」の繰り返し。決してロマンティックなものでなく、長い年月をかけて行う「仕事」なんです。だから僕は、「いい仕事」という言葉が大好き。
ワインを造るということのスピリットは、育て、収穫して、仕込んだものを分かち合うこと。シェアすること。大きなドメーヌは土地の人たちが力を合わせて成り立っているのだし、小さな造り手だってひとりではできません。
でも第2次世界大戦以降、フランスにおけるワインは、お金を伴うものになった。もしもお金のためにワインを造るというなら、この仕事は大変すぎる(笑)。
僕がワインを造るのは、経済とは別の豊かさがあるから。たとえば飲み手と会い、話をすること。自然とともに生きること。発酵のメカニズムを知ること。香り、味、触ったときの感覚…五感すべてで感じること。ワインを造ることで変わる人生があるのです。
そして、僕の造ったワインを飲んだ人が幸せであってほしい。おいしかったという言葉を聞くと、「ああ、自分の仕事をまっとうできた」と思います。
ワインは、人間が生きていくために必ずしも必要ではありません。しかし「魂」のためには必要なものなのです。
夫妻がフランスのジュラ地方でワイン造りをしていた時代、ワイナリーには世界中からさまざまな人がやってきた。インポーター、ソムリエや料理人、友人知人。彼らを迎え、もてなす聡美さんの料理はプロの腕前。そこで2014年3月21日、聡美さんがシェフとなって、自宅に友人を招くようなビストロを開店。
夫妻は1週間のうち木、金、土曜の3日間はビストロを営み、あとの4日はブドウや野菜の畑仕事と自由な時間にあてる暮らし。畑は循環農法による多品種栽培で、通年150種類ほどの野菜や果物を育てている。2019年で3年経ってようやく土壌環境が整い始め、ラズベリーも自生するようになった。加えて、海に囲まれた佐渡は、四季折々の魚介が素晴らしい。夏のサザエにアワビ、冬のブリに紅ズワイガニ。
そういった自分たちで育てた野菜と佐渡の食材を使い、自分たちの好きなワインを紹介する。という以上に、ジャン=マルクさん、聡美さん夫妻の「経済ではない豊かな暮らし」のおすそ分けをいただけるのがうれしいビストロだ。
――おわり。
文:井川直子 写真:大森克己