佐渡観光。
ワイン醸造家のジャン=マルクさんが、いま、佐渡で語ったこと。

ワイン醸造家のジャン=マルクさんが、いま、佐渡で語ったこと。

ナチュラルワインの醸造家として世界的に知られるジャン=マルク・ブリニョさんが、家族と共に、フランスから佐渡へと移住して7年4ヶ月。文筆家・井川直子さんが、彼のもとを訪ね、彼がいま想うことを表します。

イントロダクション。

佐渡島には、会いたい人がいた。
フランス人醸造家のジャン=マルク・ブリニョさんと妻の聡美さん。かつてフランスのジュラ地方で化学肥料や除草剤を使わず、土壌、微生物、天体の動きなども考え合わせた農法でブドウを育て、搾った果汁を野生酵母で発酵させ、濾過も清澄(薬剤を使って透明度を上げること)も酸化防止剤の添加もせずにワインを造っていた。

商業主義とは真逆の思想を持つ醸造家は、ときに「孤高の」とも「自由な」とも形容される一方で、世界中の飲み手から共感を呼んだ。日本でも多くのナチュラルワイン・ラヴァーが胸に手を当て、熱く語る造り手だ。
その彼が、聡美さんと11ヶ月になったばかりのエメくんと一緒に、スーツケース4つだけで新潟県佐渡島に移住したのは2012年11月のこと。もちろんブドウを栽培し、ワインを造るためだが、それにしてもなぜ日本海の島、佐渡だったのだろう?ワイナリーもブドウ畑も聞いたことがないし、山梨のように土着のワイン文化もない土地である。

風景

あれからもうすぐ7年を迎える、2019年8月。佐渡島の西側にある海辺の町で、夫妻は週3日だけビストロ「La Barque de Dionysos(ラ・バルク・ドゥ・ディオニゾス)」を営み、ほか4日は畑仕事やワインの仕事をしているという。
で、会いに行ったのだ。

車から注意深く目を凝らしても通り過ぎてしまうほど、素っ気ない木造一軒家。おそるおそる近づくと、島の日差しでこんがり灼けた聡美さんが中から迎え出てくれて、続いてエメくんが恥ずかしそうに顔を出す。赤ん坊はもう小学2年生。彼がお父さんを呼びに走ると、間もなく、お馴染みの髭に眼鏡のジャン=マルクさんが「すごい暑いね」と日本語で語りながら現れた。

家の中

「あ、くまコーラ!」と思ってしまった。「くまコーラ」とはジャン=マルクさんが日本で初リリースしたワインの名前で、ラベルには白いくまが描かれている。大きな体だけど静かな存在感は、たしかに森を歩くあの動物。「孤高」と聞いていた醸造家は、どこか人懐っこくて優しい目をしていた。

ワイン
ワインボトルとグラス

ジャン=マルクさんが語る。「島」というポジティブなリミット。

――一家が佐渡島に移住されて、2019年で7年が経ちましたね。
初めて来たのは、2012年の、しかも(佐渡島に誰も来なくなる)冬でした。親戚も友人も知人もなく、一度も来たことがなかった島へ、友人の話とインターネットの情報だけで訪れてそのまま住み始めて。(候補地としては)北海道もよかったんだけど、佐渡はもっと自然に近くて、シンプルな生活スタイルという印象。住人たちの「自分たちで何とかしよう」という精神に惹かれたんです。

ジャン=マルクさん
ジャン=マルクさん

――人々の気質が決め手でしたか。
もちろんワイン造りに適した土地ということと、両方ですよね。フランスと同じ土壌を求めても無理ですが、佐渡の地質は同じではないにせよ、極端に違うわけでもありません。いい土壌です。とくに森の腐葉土が素晴らしい。

土

――佐渡は、ワイン用ブドウ栽培の歴史はない土地ですが?
たしかに。しかし佐渡には自生する山葡萄があるんですよ。ということは、醸造用ブドウも育つ可能性が高い。森、平野、海が隣り合う環境はとてもよさそうだなと予感して来たものの、それを遥かに超えて素晴らしい土地でした。
なかでも、「島」ということがすごくいいんですね。(大陸である)フランスに暮らす人にとって島とは、子どもの頃に憧れた冒険の象徴。島という場所は、冒険に行くところなんです。

――「島」であることが重要だと。
ここに来て、生まれて初めて島で暮らしてみてから、確信するようになりました。海に囲まれている島には、いい意味でのリミットがある。どこまで行っても果てしない大陸とは逆に、行こうと思えば島の端、つまりリミットまでたどり着ける。それは、土地に暮らす上での安心感につながります。ほら、何かに囲われていると安心するでしょう?

同時に、海に囲まれているからこそノーリミットに、水平線の向こうへと「限りなく」夢を広げていくことができる。だからリミットは僕にとって、ポジティブな要素なんです。自由の制限だとか、隔絶や不便などのネガティブ要素を感じたことは、佐渡では一度もありません。
ヨーロッパは大陸文化。対して日本は島国で、他国との交流が少ない分、道徳や文化が保たれましたよね?佐渡はそういった日本の、縮図だと思うんです。凝縮された小さな範囲だから、何かのバランスが崩れるとすぐに気づくこともできる。

ジャン=マルクさん

――つづく。

文:井川直子 写真:大森克己

井川 直子

井川 直子 (文筆家)

文筆業。食と酒まわりの「人」と「時代」をテーマに執筆。dancyu「東京で十年。」をはじめ、料理通信、d LONG LIFE DESIGN、食楽ほかで連載中。著書に『変わらない店 僕らが尊敬する昭和 東京編』(河出書房新社)、『昭和の店に惹かれる理由』『シェフを「つづける」ということ』(ともにミシマ社)。2019年4月にインディーズ出版『不肖の娘でも』(リトルドロップス)を刊行。取扱い書店一覧、ご購入方法はホームページ(https://www.naokoikawa.com)からどうぞ。