オレンジ色のじんわり系「ジョージアワイン」ってなんだ?
甕造りのワインは、ジョージア人の「哲学」である

甕造りのワインは、ジョージア人の「哲学」である

「Mr.ジョージア」こと首都大学東京の前田弘毅先生にジョージアの地理、民族性について教えてもらった。じゃあ、古来8000年も前から伝わる甕のワインは、現地でどんな存在なの?

甕造りのワインを復活させ、自分たちのアイデンティティを見直す。

ジョージアワインのことが知りたくて、まずその前にジョージアという国のことを教えてもらうべく首都大学東京(東京都立大学) 人文社会学部教授の前田弘毅先生を訪ねた。

同時進行で、私は、ジョージアワインと巡り合う機会をつくってくれた東京・恵比寿の食材とワインの店「ノンナアンドシディ」でも、いろいろなことを教えてもらった。
ジョージアは、ワイン発祥の地で、8000年前から造られてきたこと。
クレオパトラが、ジョージアワインを飲んだといわれていること。
「クヴェヴリ」という甕による独自の醸造法でワインが造られていること。
クヴェヴリでのワイン造りが、2013年にユネスコの「無形文化遺産」に登録されたこと。

……以上の話から、私は、ジョージアでは約8000年前からクヴェヴリによるワイン造りが綿々と行われてきたものだと勝手に思いこんでいた。
ところが、24年にわたって幾度となく現地へ赴いてきた前田先生は、クヴェヴリの存在を「知らなかった」と告白する。クヴェヴリワインを初めて飲んだのは、「10数年前」だと言うのだ。

「東ジョージアにあるカヘティ州の田舎へ行ったとき、『その昔はクヴェヴリでワインを造っていた』という話を聞いたことがあります」

若かりし日の前田先生
若かりし日の前田先生。オリエンタルな建物も写っている。
ワイン造りの様子
首都大学東京の前田弘毅先生が現地で撮影したワイン造りの様子。木樽で造る家庭もあるという。
ワイン造りの様子
ジョージアではもっぱら家庭でワインを造っていた。

ソ連から独立する以前、ジョージアワインが日本に輸入されていた。ロシア通の間でジョージアワインは有名だったと前田先生は証言する。
「初めてジョージアへ行く以前(1995年9月)、浜松町の貿易センタービルにあったソ連物産館でジョージアワインを買ったことがあります」

ソ連時代、ジョージアのワイナリーは国営だった。
「自分で飲むワインは自分で造る民族なので、ソ連時代もクヴェヴリでワインを造っていた家があったと思います。後年、小さな木樽でワインを造っていた家庭を見たことがあります。でも、国営のワイナリーでは、クヴェヴリはほぼ廃れていたはずです」

ある意味、日本も同じだ。戦後、大半の酒蔵がホーロータンクで酒を醸し始めた。近年、米づくりりから始める酒蔵があったり、木桶で酒を醸す酒蔵が増えてきた。その目的は、他社との差別化だったり、伝統文化の復興だったり、様々な背景がある。

ソ連から独立した10数年後、ようやく混乱がおさまり、各家庭に電気が来るようになった。
そんな中、伝統を再生することに新しい道があると信じる人が出てきた。

甕造りのワインだけでなく、衣装も復活させた。

ジョージア人が復興させた文化は、ワインだけではない。その象徴として1冊の本を紹介させていただく。ルアルサブ・トゴニゼさんが書いた、ジョージアの民族衣装本『ジョージア伝統衣装:18-20 世紀』である。トゴニゼさんは前田先生の畏友(いゆう)で、民俗学者であり、名の知られたタマダ(宴会リーダー)でもある。100年以上前に撮られた民族衣装を復元し、2017年にこの本を上梓した。

「ジョージアの首都トビリシにある美術館には、本物の民族衣装が展示されています。トゴニゼさんは、それらを参考にし、民族衣装を復活させました」
美しい刺繍が入った、きらびやかな民族衣装。シルクを多用しているであろう、伝統的な民族衣装が、この国の民度の高さを象徴しているといっても過言ではない。
抑圧されていたソ連から開放され、自国の文化を再認識、復活させようという動きが、ワインがふつふつと発酵するように、多方面からでてきた。

民俗学者であり、タマダ(宴会リーダー)でもある、ルアルサブ・トゴニゼさんが書いた、ジョージアの民族衣装本『ジョージア伝統衣装:18‐20世紀』。

「甕のワインはジョージアそのもの」である。

そして2010年。「クヴェヴリ・ワイン協会」が設立された。
その翌年には、首都・トビリシ市内にナチュラルワインバー「ヴィノ・アンダーグランド」がオープン。この店では、クヴェヴリを愛用するワイナリーのワインをほぼすべて飲むことができる。
「ヴィノ・アンダーグランド」を拠点に、クヴェヴリに興味がある人にワイン造りを教えてきた。結果、クヴェヴリを使う造り手が少しずつ増えてきた。
「クヴェヴリには、彼らの哲学と使命感が垣間見えます。ほぼ廃れていたクヴェヴリを自国の象徴として復興させることが、ジョージアの復活になると考えたのだと思います」

クヴェヴリによる古典的なワイン造りを再興した人の大半が大学卒業者で、学者だったり、芸術家などの知識人だ。これまで土を耕したことがない人が、ワイン造りを始めた。
「ある種の絶望の中から、苦しみの中から、クヴェヴリワインを造る人が徐々に増えてきました。そこがまた面白い」
2019年現在、クヴェヴリワインは全体の約1割にも満たない。9割以上がステンレスタンクを用いた大工場で造られている。

前田弘毅先生
民族衣装の帽子をかぶり、現地で入手した乾杯用のカップを手にポーズを取る、首都大学東京(東京都立大学)の前田弘毅先生。

「ワインはジョージアそのものだ」と前田先生は力説する。
山があり、緑があり、沢ごとに水の味が違う。ワインは、そうしたジョージアの恵まれた自然の賜物であり、恵みであり、ワインで人がつながっていく。

実は、ワインはジョージア人が信じる宗教とも密接な関係がある。
ジョージアがキリスト教に改宗したのは4世紀。聖人ニノが、ジョージア人をキリスト教に導いた。伝導の際、聖人ニノは聖母マリアから授かったとされるブドウの樹でつくった十字架をジョージアへ持ちこんだといわれている。

「水平の部分がへの字に垂れ下がったブドウ十字が、『グルジア正教会』のシンボル。ワインはキリストの聖なる血ですが、ジョージア人にとってブドウのツルも神聖な存在です。約8000年前に始まった、クヴェヴリによるワイン造りは、ジョージア人のアイデンティティ。つまり、ジョージア人にとってワインは飲み物を超えた、ある種の力でもあります。ジョージアという国の力だと思います」

最後に、前田先生に1番好きなワイナリーを訊ねた。
「好きなぶどう品種はヒフビィ。とくに『DOREMI (ドレミ)』という銘柄のヒフビィが好みですが、好きなワイナリーはソリコが造る『OUR WINE(アワワイン)』ですね。味わいが別境地です。ソリコのムツバネとルカツィテリが大好きです」
ソリコ・ツァイシュヴィリさんは、クヴェヴリワイン再興の祖といわれている人物。クヴェヴリ・ワイン協会を起こしたのも彼だ。思えば、私が初体験したジョージアワインも、ソリコの白ワインだった。

ジョージア流の乾杯の流儀を、Mr.ジョージアが教えてくれた。
ジョージアでは3人で乾杯することもあるそうだ。杯を持った腕を組み、「ガウマルジョス (乾杯)」と言いながら、杯を掲げよう。

現地流の乾杯
腕を絡ませて杯を掲げるのが現地流の乾杯。「ガウマルジョス!」

「現地ではガウマルジョス(乾杯)とガマルジョバ(こんちには)だけ憶えておけば、なんとかなります(笑)」と前田先生は笑って言う。


ああ、ますますジョージアへ行きたくなった。
次回は、前田先生も大好きな「ソリコ」のワインを扱うインポーターであり、食材とワインショップを兼ねる「ノンナアンドシディ」に話を訊こう。

――つづく。

文:中島茂信 写真:オカダタカオ

ジョージアワインの9人①

前田 弘毅(まえだ・ひろたけ)

1971年、東京生まれ。東京大学文学部東洋史学科卒業、同大学大学院人文社会系研究科博士課程修了、博士(文学)。大学院在籍中にグルジア科学アカデミー東洋学研究所に留学。北海道大学客員准教授、大阪大学招へい准教授、首都大学東京都市教養学部准教授などを経て、2018年より現職。米ミシガン大学、スタンフォード大学、イェール大学で招待発表を行なうなど、ジョージア史の世界的な権威として知られる。著書に『多様性と可能性のコーカサス』(編著、北海道大学出版会)、『ユーラシア世界1』(共著、東京大学出版会)、『黒海の歴史』(監訳)、『コーカサスを知るための60章』(編著)、『イスラーム世界の奴隷軍人とその実像』(ともに明石書店)、『グルジア現代史』(東洋書店)など。HPはhttps://www.hmaeda-tmu.com/。 2019年11月1日より公開されるドキュメンタリー映画「ジョージア、ワインが生まれたところ」(https://www.uplink.co.jp/winefes/ )の字幕監修を務めている。

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中島 茂信(ライター)

1960年、東京都葛飾区生まれ。4歳の頃、亀戸天神の近くにあった「田久保精肉店」のコロッケと出会って以来コロッケ好き。趣味はラードで揚げたコロッケの買い食い。最後の晩餐はもちろんコロッケ。主な著書に『平翠軒のうまいもの帳』(枻出版社)、『101本の万年筆』(阪急コミュニケーションズ)、直木賞作家の山口瞳さんの妻である治子さんの聞き書き『瞳さんと』(小学館)、『自家菜園レストラン』(コモンズ)など。企画・編集に『笠原将弘のおやつまみ』(ぶんか社)、『平翠軒のごちそう宝箱』(小学館)がある。