石原壮一郎さんの青春18きっぷ行き当たりばっ旅。
焼津のJKに案内された青春の近道。

焼津のJKに案内された青春の近道。

静岡で「さわやか」のハンバーグを堪能できた石原壮一郎さん。食後の余韻に浸る間もなく、店を後にします。次の電車に乗るためには最短ルートで静岡駅に戻らなければいけません。果たして、出発時刻までに間に合うのか……。

青春3人組に訪れた幸運。

次の電車の時間を気にしつつ、念願だった「さわやか」の巨大ハンバーグを堪能した私たち青春3人組。今いる新静岡駅の駅ビルから、あと15分で静岡駅に戻らないと、その先の予定がどんどんずれ込んでしまいます。

早く来い、エレベーター。ふと振り返ると、モデルのように美しく可憐なふたり組の女性が、同じエレベーターを待っています。

「静岡駅には、どう行くのがいちばん近いですか?」

静岡駅までの近道を尋ねたのはけっしてヨコシマな気持ちからではなく、本当に切羽詰まってのことでした。
「うーんと、どう言えばいいかなあ。じゃあ、わかるところまでいっしょに行きますね」
「え、いや、そ、そこまでしていただくわけには……」
「私たちも、ちょうどそっちのほうに行こうと思っていたので」
こんなことが、こんなことが現実にあっていいのでしょうか。今まで「美しい女性はみんな冷たい」と思い込んでいましたが、それは何か大きな力に騙されていたのでしょうか。あるいは、美しい女性云々ではなく自分の側に原因があったのでしょうか。

静岡駅

ともあれ、私たち3人とふたりのモデル系美女は同じエレベーターに乗り込みます。聞けば、彼女たちも「さわやか」のハンバーグが大好きで、好きなほうを選べる「オニオンソース」と「デミグラソース」は、口をそろえて「めっちゃオニオンソース派」だとか。
「僕、さっきオニオンソースを選びました!」
「いやいや、私もオニオンソースでした!」
いきなり気色ばむカワノ君と、思わず対抗してしまった私。デミグラスソースを選んだサカモトさんは、ちょっと寂しそうです。大丈夫、きっとまたいいことがありますよ。

案内してくれたふたりと石原さん

駅ビルを出て、タイル模様の歩道の両側にオシャレな店が立ち並ぶ繁華街へ。来るときはこんな所は通っていないので、やっぱり遠回りしていたみたいですね。
「もしかして今日は、この近くで『ミス静岡』の決勝大会があるんですか?」
「ん、えっ?アハハ、違います」
あとから思えばわかりづらい軽口でしたが、ふたりは瞬時に意図を察知して、さわやかな笑顔を返してくれました。さすが「さわやか」王国・静岡です。

大人っぽいメイクから大学生か社会人だと思っていたら、なんとふたりは女子高生。今は夏休み中で、住んでいる焼津市から通学先でもある静岡市に遊びに来たのだとか。お名前はゆいかさんとりなさん。ともに17歳。「17歳といえば南沙織ですね」と言おうとしましたが、絶対に通じない確信があったので、グッと言葉を飲み込みました。
やがて「こっちです」と言われるまま、階段を降りて地下道に。乗りたい電車の出発時間が刻々と近づいてきて、漠然と焦ってはいるものの、同時に「ああ、この時間がいつまでも続きますように」という気持ちに包まれています。それはきっと、カワノ君もサカモトさんも同じだったはず。サカモトさんが彼女たちに言いました。
「その『ごちそうパラダイス』の看板の前で、おふたりでうどんのTシャツのおじさんをはさんで、ポーズを取ってもらっていいですか」
サカモトさん、グッジョブ!今、この状況では先を急ぐよりも、思い出に残る写真を撮ることのほうが大事ですよね。あ、そうじゃなくて記事のためか。
「では、このへんで手を振って『サヨナラー』と言ってる感じもお願いします」

案内してくれたふたりと石原さん

なんて自然な笑顔、なんて自然な動き。そして、いきなり謎の3人組に話しかけられて、道案内だけでなく被写体にまでさせられてたのに、楽しそうに付き合ってくれたその心根のやさしさ。もしかしたら彼女たちは、静岡市にある「三保松原」に舞い降りた天女の化身だったのかもしれません。いや、きっとそうです。
「あとは、ここをまっすぐ行けば駅ですから」
そう言って立ち去るふたりの後姿に、心の中で手を合わせます。ずっと見送っていたいところですが、そういうわけにもいきません。よし、間に合うぞ。急いで駅へ!

人と街が旅の記憶をつくってくれるんだ。

静岡のおいしいものは、もちろんハンバーグだけではありません。そして「かわいい女子高生に道案内をしてもらった」という話だけで、この回を終わらせるわけにもいきません。道すがら、彼女たちが強く勧めてくれたのが「黒はんぺん」です。
「私たち、はんぺんといえば黒いものと思っていたので、白いはんぺんを見たときは驚きました!」
「おいしいので、絶対に食べてください!白だと物足りなくなりますよ」
女子高生にここまで言わせるなんて、黒はんぺん、憎いヤツ。近所の立ち飲み屋さんで食べたことはありますが、さほど強い印象はありませんでした。これはぜひ本場ものを買って帰らなければ。改札を通過した時点で、電車が出るまであと3分。あっ、売店がある。あそこにはきっと黒はんぺんが売っているに違いない。あった!

黒はんぺん

旅を終えてからゆっくり食べましたが、あらためてその実力に感服。その名の通り黒い色で、コリッとした食感はかまぼこに近いでしょうか。粉末状に砕いた骨も入っているようで、心持ちザラッとした口あたりです。魚のおいしさが丸ごと濃厚に感じられて、たしかにこれを食べ慣れると、白はんぺんが物足りなくなるかも。

街も食べ物も、そこに紐づくドラマによって印象は大きく変わります。青春を探す旅の途中で、まさに青春真っ只中のふたりに親切にしてもらったことで、静岡という街のイメージが限りなくアップし、一気に身近な街になりました。
黒はんぺんもしかり。これから黒はんぺんを食べるたびに、この日の嬉しい出来事を想い出してあたたかい気持ちになれそうだし、その歯ごたえの向こうに「青春」という言葉を思い浮かべるでしょう。つまりは、こうしたことの積み重ねが、人生を少しずつ豊かに彩ってくれるわけですよね。
旅とは、なんて素晴らしいのでしょう。ありがとう、天女たち。ふたりに幸多かれ!

電車に乗る石原さん
駅の電光掲示板

無事に12時21分発浜松行きの電車に乗り込んで、さらに西へ。距離としては、だいたい松阪までの半分ぐらいまで来たでしょうか。青春の勢いは加速するいっぽうです!

――混迷の第六回につづく

文:石原壮一郎 写真:阪本勇

石原 壮一郎

石原 壮一郎 (コラムニスト)

1963年、三重県松阪市生まれ。大学時代に作成したミニコミ誌が注目を集めたことをきっかけに、雑誌編集の道に進む。1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でコラムニストデビュー。シリーズ累計50万部を超す大ヒットとなる。以来、日本の大人シーンを牽引。2004年に上梓した『大人力検定』(文芸春秋)も大きな話題を呼び、テレビやラジオ、ウェブ、ゲームソフトなど幅広い展開を見せた。2012年には「伊勢うどん友の会」を結成し、2013年に世界初の伊勢うどん大使に就任。2016年からは松阪市ブランド大使も務める。近著に『思い出を宝ものに変える 家族史ノート[一生保存版]』(ワニプラス)、『本当に必要とされる最強マナー』『大人の人間関係』(ともに日本文芸社)などがある。