石原壮一郎さんの青春18きっぷ行き当たりばっ旅。
松阪ではまった青春の落とし穴。

松阪ではまった青春の落とし穴。

青春18きっぷの青春旅は、ついに終着地の松阪駅へ到着。たくさんの牛(?)に出迎えられて、石原壮一郎さんは想い出いっぱい、胸いっぱい。さぁ、ゴール=懐かしの味はすぐそこです!

10時間かけてやってきた、わが町。

「松阪といえば松阪牛ですよね。駅を降りると、牛がたくさんいたりするんですか」
そうきましたか、カワノ君。いい質問といえば、いい質問です。私にとっては青春時代を想い出させてくれる質問でもあります。
フレッシュ系若手編集者のカワノ君&おにぎり大好き写真家のサカモトさん&私の「青春3人組」による青春を探す旅。朝6時半に東京を出て、藤沢、根府川、熱海……えーっと、とにかくたくさん乗り換えつつ、いよいよ松阪駅が近づいてきました。

風景

「松阪牛」は松阪を代表する名物であり、松阪市民と松阪出身者の最大の誇り。
青春時代、遠く離れた埼玉の大学に入学したばかりのとき、全国各地から来た同級生に、こっちは120%ネタのつもりで「松阪駅を降りると牧場があって、松阪牛がウロウロしとるんやに」(入学直後は松阪弁)と言っていました。
ところが、そのたびに「そうなんだ。さすが松阪だね!」と感心されてしまうではありませんか。逆に「やっぱり松阪市内には牛がたくさんいるの?」と、真面目に聞かれることもしばしば。そうじゃないことを説明しつつ、自分にとっての「当たり前」は世間の共通認識ではないんだと強く思い知らされました。青春の苦笑いな想い出であり、松阪牛が授けてくれた大切な教訓です。松阪は「市」なんやに。駅前に牛がおるわけあるかーい!

そんなことを想い出しているうちに、快速みえは16時50分に松阪駅に到着。

石原さん

この駅は何度降りても何歳になっても、来るたびにやさしく包み込んでくれます。池袋を6時34分に出て、所要時間は10時間ちょっと。さんざん寄り道した割には、そして青春18きっぷ1枚分の2370円で来られたと思えば上できですね。
改めて冒頭の質問の答えですが、本物の牛はさすがにいません。ただ、ミニチュアの牛はたくさんいるし、観光協会の案内所の前には記念撮影ができるパネルもあります。市民の心意気や歓迎の気持ちとしては「駅前には牛がいっぱい」と言えるのではないか――。
青春時代は誤解されたイメージへの反発もありましたが、今はそんな心境です。
自分の強みや特徴は遠慮なく押し出すべし。ほかの町の人に自分の町を正確にわかってもらおうなんておこがましい。人と人も然り。そんな大人の開き直りや大前提が身に着いた今は、駅前にたくさんの牛がクッキリと見えます。

カワノ君の何気ない質問のおかげで、誤解に対して「モー、いいかげんにしてくれ」と思っていた青春時代の自分と再会できました。今回の旅は、どっからどう青春が見つかるかわかりませんね。

ベルタウン

駅を降りた私たちが目指すのは、そしてこの青春旅のゴールは、私の脳裏に焼き付いているあの店のあの味。ほかの町で同じ名前のメニューを食べても、「なんか違うなあ」と想い続けてきました。そう、それは松阪の超人気店「不二屋」の「中華そば」です!
黄色くて細い中華麺。スープの味は中華風なんだけど、どこか和風な気配が。玉ねぎが大量に入っているのも特徴です。あの懐かしい味まで、松阪駅から徒歩5分。
駅前のベルタウンを通って、仏壇のお店が2軒並んでいる交差点を右に入ります。この辺にあった模型屋さんで、小学生の頃にサンダーバード2号やタイガー戦車のプラモデルを買ってもらいました。店名は「ゲンカドウ」だったかなあ。ちょっと頑固そうだったおじさんは、当時40代として今は80代か90代か……。
感傷にひたりつつ、どんどん先へ。あ、あの角を左に曲がれば、不二屋があるはず!

不二屋

ドドーンとそびえ立つ不二屋。ん、あれれ?そびえ立ってはいますが、ちょっと様子が変です。常に行列の繁盛店なのに、人の気配がありません。ひとつの単語を頭に想い浮かべつつ、ゆっくりと店に接近。ああ、やっぱり。なんと定休日でしたあああ!
私「まあ、こういうこともあるよね(これはこれで展開としてはおいしいかも)」
カワノ君「また明日出直しましょう(だからちゃんと下調べしようって言ったのに)」
サカモトさん「しょうがないですね(さて、どんな写真を撮っておくかな)」
カッコの中は心の声だったり私の想像だったりしますが、ともあれ、不二屋の中華そばはおあずけとなりました。人けがないのを幸い、いろんなポーズで残念さを表現。これはこれで楽しいかも。

石原さん
石原さん
石原さん
石原さん

青春の旅はまだ終われない!!

最後まできて思いがけない、というか、よくあると言えばよくある落とし穴が待ち構えていました。青春時代にも、よくある落とし穴に何度もはまって苦汁をなめた気がします。人は懲りない生きものであり、人はいくつになっても青春を体感できると再認識しました。
「不二屋さんは、僕が明日朝イチでアポを取ります。このあと、どうしましょう?」
途方に暮れるカワノ君。協議の結果、いろんな思惑とともに隣りの町まで電車で移動してあるものを食べることに。再び松阪に戻ってきたのは夜もとっぷりと更けてからでした。
戻る電車の中で、私が口角泡を飛ばし生唾を飲み込みながらアピールし続けたのが、松阪でしか食べられない味噌ダレのホルモン焼の魅力。
「せっかく松阪に来てもらったのに、あれを食べないまま帰すのは申し訳ないなあ。味噌ダレのホルモンとビールが、また神々しいぐらい合うんですよねえ」
「わ、わかりました。ホルモン焼を食べつつ今日の打ち上げをしましょう」
わかってくれましたか、カワノ君。その察しの良さ、出世するタイプとみた。

夜道

松阪のホルモンは、どこのお店で食べてもおいしいに決まっています。ふたりが泊まるホテルに行く途中のお店に飛び込んで、ビールと何種類かのお肉を注文。
「味噌ダレの焼肉って、食べたことないですね。東松山の焼きとんみたいな感じですか」
興味津々のサカモトさん。そういえば東松山の焼きとんも味噌ダレですけど、ちょっと違いますね。まあとにかく食べてみてください。
ちなみに「松阪の人はしょっちゅう松阪牛のすき焼きを食べているんでしょ」というのも、大きな誤解です。すき焼きはせいぜいお正月ぐらいで、日頃親しんでいるのはホルモン。仕事帰りの一杯も家族や親せきとの外食も、何はさておきホルモンです。

焼肉
焼肉

お肉が運ばれてきました。あれ、あれれ?ま、まさか!なんと、このお店は味噌ダレではなく、東京とかでも見かけるタイプのタレを使っています。味噌った、いやミスった!
「おいしい肉ですね。さすが松阪!」
ふたりは口を揃えて、そう言ってくれます。たしかに、松阪の意地と誇りを感じさせるハイレベルな焼肉です。でも、味噌ダレのホルモン焼きを食べてほしかった……。いや、どんなタレを使うかはお店の判断なので、責めるつもりも批判するつもりもありません。
とはいえ、この流れだと批判に聞こえそうですね。お店にご迷惑をかけたら申し訳ないので、店名は内緒にさせてください。絶品の肉がおいしそうに焼けている写真をどうぞ。
ああ、不二屋が定休日だったことに続いて、味噌ダレのホルモンとのすれ違い。これもまた青春の名にふさわしいもどかしい展開ということで、まあよしとしましょう。

長い一日でした。そして、よく食べた一日でした。これでもかというほどお腹いっぱいになって、実家に帰宅。明日は、不二屋の中華そばという大きな楽しみが待っています。仕切り直しのゴールに向けて、胃よ十分にこなれてくれ!

石原さん

――感涙の第十回につづく。

文:石原壮一郎 写真:阪本勇

石原 壮一郎

石原 壮一郎 (コラムニスト)

1963年、三重県松阪市生まれ。大学時代に作成したミニコミ誌が注目を集めたことをきっかけに、雑誌編集の道に進む。1993年に『大人養成講座』(扶桑社)でコラムニストデビュー。シリーズ累計50万部を超す大ヒットとなる。以来、日本の大人シーンを牽引。2004年に上梓した『大人力検定』(文芸春秋)も大きな話題を呼び、テレビやラジオ、ウェブ、ゲームソフトなど幅広い展開を見せた。2012年には「伊勢うどん友の会」を結成し、2013年に世界初の伊勢うどん大使に就任。2016年からは松阪市ブランド大使も務める。近著に『思い出を宝ものに変える 家族史ノート[一生保存版]』(ワニプラス)、『本当に必要とされる最強マナー』『大人の人間関係』(ともに日本文芸社)などがある。