朝6時に池袋に集合して鈍行列車を乗り継ぎ、静岡までやって来ました。この地で、次の電車が出発するまでの間に、石原壮一郎さんにはどうしても食べたいものがあるんだとか。静岡の人気店「さわやか」に挑みます。
「大人気らしいけど、開店と同時に行けばきっとすんなり入れるんじゃないかな」
東海道線の車内で、私は希望的観測に基づいて力強く宣言しました。のちに、その見通しは甘々だったことを思い知らされます。フレッシュ系若手編集者のカワノ君は「無理そうだったら、また駅弁を買って『食べられなかったけど、どんな味だったのかなあ』という流れにしましょう」と気弱な発言をしていましたが、その事態はどうにか回避できました。
静岡といえば「さわやか」のハンバーグ。ちょっと前にネットなどで大きな話題となり、ぜひ食べてみたいと常々想っていました。心配なのは、いつも大行列だという噂。夕方までに三重県松阪市に着きたい私たち「青春3人組」には、悠長に行列に並んでいる時間はありません。青春は待ったなしです。
下調べをしない「行き当たりばっ旅」のはずなのに「さわやか」に関してだけは、東海道線の駅から歩いて行ける店はどこか、開店時間は何時かを調べました。
どうしても「さわやか」に行きたかったんです!
大評判のハンバーグを食べてみたかったんです!
青春には「さわやか」という言葉がまさにピッタリじゃないですか!
と、店名にそぐわない暑苦しい言い訳で恐縮です。
熱海駅から1時間ちょっとの旅で、静岡駅に着いたのは10時50分。静岡駅にほど近い新静岡駅の駅ビル内に「さわやか 新静岡セノバ店」があるようです。12時21分の浜松行きにはどうしても乗らなければなりません。行き帰りに20分ちょっとかかるとして、私たちに許された「さわやか」タイムは1時間ちょっと。駅を出て、新静岡駅方面に急ぎ足で向かいます。
青春っぽくちょっと道に迷いつつも、どうにか開店時間の11時を数分過ぎたぐらいにお店に到着。あれれ、すでに何組かのお客さんが椅子に座って順番待ちをしています。平日の午前中で、この混み具合。「さわやか」の人気っぷりを侮っていました。
カワノ君が発券機で受付をし、順番待ちのレシートをゲット。「発券時の目安案内時間 11:37」とあります。急いで注文して急いで食べて12時過ぎに店を出ることができるか……。微妙ですが、せっかくここまで来たんだから挑戦しましょう。可能性に賭けるのが青春です。
それにしても常に行列が前提だけに、「さわやか」には極めてハイテクな順番待ちシステムが導入されていました。レシートのバーコードをスマホで読み取ると、待ち時間の目安と何組が待っているかが出てきます。店で座って待っていなくても、そのへんでぶらぶら買い物していてもぜんぜん大丈夫ですね。
おっ、11時20分の時点であと5分。当初の予想より早く順番が回ってきそうです。これは余裕で間に合うかも!
11時28分、ついに呼ばれました。席についてお水が運ばれて来るや否や、店頭のメニューを見て心に決めていた看板商品の「げんこつハンバーグランチ」を注文。250gのハンバーグに付け合わせの野菜、ライスまたはパンとランチスープが付いて1,188円です。
ちなみに、ハンバーグが200gとやや小ぶりな「おにぎりハンバーグランチ」は1,080円。一瞬、こっちでも十分かなと思ったんですけど、今日のテーマは青春だったことを想い出し、甘えそうになっている自分に喝を入れ直しました。
待つこと5分少々。店員さんの手で、鉄板に乗った「げんこつハンバーグ」が運ばれてきました。
なるほど、これは巨大!
言われるがままにテーブルに敷いてあった紙の端をつまんで持ち上げ、ソースのはね返りをガードします。ソースはオニオンソースとデミグラソースの2種類。メニューに「人気No.1」とあったオニオンソースを選びました。「淡路島産のたまねぎ しょう油ベースの和風ソース」です。
ソースをかけた瞬間に、鼻孔どころか全身をくすぐるいい香り。ウットリしていたら、店員さんは「げんこつ」を真っ二つに切りわけ、鉄板に切り口を押し付けます。まさか、そうくるとは。まだ赤い色が残った切り口が、鉄板の熱で焼かれて「ジュワワワワ~」と歓喜の声を上げています。
憧れていた「さわやか」のハンバーグが、ついに口の中に。おお、肉々しい!そしてジューシー!さらに牛肉の濃い旨味がぎっしり!これは大行列ができるのも無理はありません。店内のつくりがファミレスっぽいところも、迫力たっぷりのハンバーグの魅力をさらに引き立てています。穏やかそうで日常的な皮をかぶった荒ぶるオオカミ、じゃなくて牛。
残念ながら、じっくり優雅に味わっている場合ではありません。全速力で食べ切って、店を出ます。店員さんによると、今日はまだすいているほうだとか。天は私たちに味方してくれたようです。店を出たのは12時03分。来るときと同じやや迷い気味のルートだと、間に合わないかもしれません。もっと近道があるはず。それは、どこにあるのか。
焦りつつエスカレータを待つ私たちの前に、比喩ではなく、本物の天女がふたり舞い降りてくれました。さすが「三保松原」がある静岡市です。ふたりの天女は、私たちにどんな幸せをもたらしてくれるのか。ともかく急げ。そうこうしているうちに、あと15分だ!
――至福の第五回につづく。
文:石原壮一郎 写真:阪本勇