毎日、“世界で1枚だけ”のお気に入りのシャツを着て、好きな仕事に邁進するナイルさん。「ナイルレストラン」そのものが、ナイルさんの幸せの源だ。
ナイルさんの好物は、もちろんカレーだ。中でも、毎日食べている自身の店の味は格別。母の由久子さん考案のレシピを踏襲し、いまも、初代の頃から付き合いを続ける取引先から納得した材料だけを仕入れている。
「特に大切なのが、『ムルギランチ』に使う鶏肉。うちはブロイラーの肉は一切使ってない。成鶏(※十分に成長した鶏のこと)だけを使います。なぜかと言うと、ブロイラーよりも身が締まった成鶏の肉をじっくり煮込むことでいい出汁がとれるし、肉にも味が染み込んで美味しいからなの。これも母が決めたことだよ」
一方で、基本の味を守りつつ、自分がいいと思ったことは積極的に取り入れるのもナイルさんだ。たとえば、米は自身が愛する岩手産のものだけを使用しているが、その理由もやっぱり“ナイル流”だ。
「だって、食べ物は美味しいし、温泉はいいし、お酒はうまいし、最高じゃない!とにかく僕は岩手が好きなのよ」
ナイルさんにとって、“好き”は、一番大切なことのようだ。
「僕は、とにかく、好きじゃないことはしたくないの。その代わり、一度好きだって決めると、途中で飽きたり変えたりはしないね。何でもそうやって思い込むことが大事。料理も同じですよ。僕は自分のことを天才だと思っているから、僕がつくるものに不味いものはないと思ってる。料理は、自信がない人がつくったものは絶対に美味しくない。僕みたいに自信過剰な人間がつくった方が絶対美味しいの。だって、料理の職場は戦いだからね。自信がないと戦えないんだよ」
冷静な経営者、そして料理人としての顔をのぞかせた後、ナイルさんはこう言って笑った。
「だから僕の場合、カレーの店をやっているということは、好きなものに囲まれて仕事ができるという、幸せそのものなのよ」
2019年、75歳になるナイルさんの目下の夢は、銀座で70年続いてきた店が、このまま100年続くこと。厨房を取り仕切る息子で三代目のナイル善己さんの背中も頼もしい限りだ。しかし、善己さんにはちょっぴり気がかりなことがあるという。
「あの柄シャツを、僕のために全部とっといてあるからって言うんです。いらないよって断ったんですけどね(笑)」
果たしてシャツの行方はいかに――。
気になるところだが、その陽気な人柄と唯一無二の存在感は、間違いなく「ムルギランチ」と並ぶ店のもうひとつの名物だ。昼時を過ぎてもひっきりなしに訪れ、カレーを美味しそうに頬張る人たちを見て思った。
ナイルさんの夢はきっと叶う。
文:白井いち恵 写真:米谷 享 参考文献:水野仁輔『銀座ナイルレストラン物語』(小学館文庫)/A.M.ナイル『知られざるインド独立闘争 新版』(風濤社)