食の仕事着。
東銀座「ナイルレストラン」のナイルさんの仕事観のこと。

東銀座「ナイルレストラン」のナイルさんの仕事観のこと。

毎日、“世界で1枚だけ”のお気に入りのシャツを着て、好きな仕事に邁進するナイルさん。「ナイルレストラン」そのものが、ナイルさんの幸せの源だ。

好きなものに囲まれている幸せ。

ナイルさんの好物は、もちろんカレーだ。中でも、毎日食べている自身の店の味は格別。母の由久子さん考案のレシピを踏襲し、いまも、初代の頃から付き合いを続ける取引先から納得した材料だけを仕入れている。

ムルギランチ
“ムルギランチ”を注文すると、目の前で鶏肉の骨をサッと取りわけ、「よく混ぜて食べてください」の決め台詞。いつ来ても変わらない風景だ。

「特に大切なのが、『ムルギランチ』に使う鶏肉。うちはブロイラーの肉は一切使ってない。成鶏(※十分に成長した鶏のこと)だけを使います。なぜかと言うと、ブロイラーよりも身が締まった成鶏の肉をじっくり煮込むことでいい出汁がとれるし、肉にも味が染み込んで美味しいからなの。これも母が決めたことだよ」

一方で、基本の味を守りつつ、自分がいいと思ったことは積極的に取り入れるのもナイルさんだ。たとえば、米は自身が愛する岩手産のものだけを使用しているが、その理由もやっぱり“ナイル流”だ。
「だって、食べ物は美味しいし、温泉はいいし、お酒はうまいし、最高じゃない!とにかく僕は岩手が好きなのよ」
ナイルさんにとって、“好き”は、一番大切なことのようだ。

原色が大好きだと話すナイルさん
原色が大好きだと話すナイルさん。中でもお気に入りだという紫色の花柄シャツ。「うちは、親父もお袋も兄も倅もみんな地味だけど、僕だけ突然変異なの!」。

100年経っても、大丈夫。

「僕は、とにかく、好きじゃないことはしたくないの。その代わり、一度好きだって決めると、途中で飽きたり変えたりはしないね。何でもそうやって思い込むことが大事。料理も同じですよ。僕は自分のことを天才だと思っているから、僕がつくるものに不味いものはないと思ってる。料理は、自信がない人がつくったものは絶対に美味しくない。僕みたいに自信過剰な人間がつくった方が絶対美味しいの。だって、料理の職場は戦いだからね。自信がないと戦えないんだよ」

海老カレーライス
人気メニューのひとつ“海老カレーライス”1,400円。すりおろしが玉ねぎがたっぷり入った独特の食感と爽やかな香りに、スプーンが止まらない。

冷静な経営者、そして料理人としての顔をのぞかせた後、ナイルさんはこう言って笑った。
「だから僕の場合、カレーの店をやっているということは、好きなものに囲まれて仕事ができるという、幸せそのものなのよ」

チャンナマサラ(ひよこ豆の炒め物)
おつまみなら“チャンナマサラ(ひよこ豆の炒め物)”1,250円を。ブラックマスタードシードによる旨味と、シャクシャクとしたココナッツの食感が楽しく、ベテランシェフたちのスパイス使いが光る。

2019年、75歳になるナイルさんの目下の夢は、銀座で70年続いてきた店が、このまま100年続くこと。厨房を取り仕切る息子で三代目のナイル善己さんの背中も頼もしい限りだ。しかし、善己さんにはちょっぴり気がかりなことがあるという。
「あの柄シャツを、僕のために全部とっといてあるからって言うんです。いらないよって断ったんですけどね(笑)」

長男で三代目のナイル善己さん
厨房を取り仕切るのは、長男で三代目のナイル善己さん。対照的に、自身の仕事着は硬派なコック服だ。「日本でああいうシャツを着こなせるのは、父くらいしかいないと思います(笑)」。
「ナイルレストラン」のコック服
「ナイルレストラン」のコック服は、以前は青で現在は黒。通常は白のイメージだが、「白いコック服は使わないよ。人と同じものは好きじゃないの!」と、ここでも“ナイル流”。
「ナイルレストラン」のコック服
「ナイルレストラン」のキャッチフレーズは『日印親善は台所から』。コック服の両肩には日本とインドの国旗の刺繍があしらわれている。

果たしてシャツの行方はいかに――。
気になるところだが、その陽気な人柄と唯一無二の存在感は、間違いなく「ムルギランチ」と並ぶ店のもうひとつの名物だ。昼時を過ぎてもひっきりなしに訪れ、カレーを美味しそうに頬張る人たちを見て思った。
ナイルさんの夢はきっと叶う。

ガラス
通し営業のため、お向かいの歌舞伎座関係者から近隣の会社員まで、多忙な銀座の働き人たちの胃袋を支えている。毎朝一杯の紅茶を飲んでから仕事にかかるというナイルさんの1日は、今日も忙しくなりそうだ。

ナイルさんの仕事着コレクション(ほんの一部)②

ナイルさん

店舗情報店舗情報

ナイルレストラン
  • 【住所】東京都中央区銀座4-10-7
  • 【電話番号】03-3541-8246
  • 【営業時間】11:30~21:30、日祝は~20:30
  • 【定休日】火曜日
  • 【アクセス】東京メトロ・都営浅草線「東銀座駅」から1分

文:白井いち恵 写真:米谷 享 参考文献:水野仁輔『銀座ナイルレストラン物語』(小学館文庫)/A.M.ナイル『知られざるインド独立闘争 新版』(風濤社)

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白井 いち恵(ライター・編集者)

新潟生まれ、千葉育ち。おもに街と食(ときどきバス)に関する記事を書いています。定まった仕事着がないわが身を省みて、食の世界も含めたプロたちのユニフォームに敬意と憧れを抱くこの頃。大抵、紺色を着ています。