築地場外で鮭屋を営む佐藤友美子さん。産地からとびきりの鮭が続々入荷する“オールスターシーズン”の11月からは、ノンストップで大晦日まで走り切る。
築地の鮭専門店「昭和食品」には、買い物客以外にも、全国から取り寄せの注文が入る。特に、年末の足音が聞こえ出す11月が近づくと、正月料理に使う鮭の頭だけのオーダーが増えるという(12月に入ったいま、鮭の頭の予約はすでに終了)。
「鮭は、お正月に食べる“年取り魚”だからね。“神様に頭と尾っぽを供えたいから”っていう注文は多いですね」
かつては場外市場にも数多くあった鮭専門店だが、「昭和食品」のように頭付きの鮭を常時並べて販売している店はほとんどないという。そのため、鮭の頭の確保は、毎年大変なのだとか。
「ご覧の通り小さい店だから、毎日、鮭の頭が100個も200個も大量に出るわけでもないしね。でも、楽しみにしてくれている人がいるから、なんとか頑張ってるかな」
店で扱う鮭は10種類ほど。産地の違い、辛さの違い、加工法の違いなどで、多様な種類と味わいがある。たとえば、甘い鮭が好きなら、北海道の「時鮭」(時知らず)か、北洋でとれる「紅鮭」がお薦め。新潟は村上の塩引鮭も意外に辛くなく、佐藤さん曰く「味がしょっぱいというより深いの」とのこと。
また、しょっぱい鮭がお好みなら、店の看板商品でもある「超辛口紅鮭」(カナダ産)をぜひ。佐藤さんが言うには「焼くと塩を吹く」ほどの辛口鮭だが、食欲のないときに食べると、その塩気が逆に元気をくれるのだ。
「この間、常連のお客さんから、長年この超辛口紅鮭を食べてくれていたそのお父さんが亡くなったって話を聞いてね。そうやって亡くなる間際まで食べてもらえるのって、鮭が、日常に寄り添う魚だからこそだよね。私の亡くなった友人にも、“何が食べたい”って聞いたら、“鮭が食べたい”って言ってくれた人がいたんですよ。だから、鮭って、そういう役割のある魚なのかなって思いますね」
佐藤さんの頭の中には、長年買ってくれているお客さんそれぞれの鮭の味の好みが入っている。師走は、それらの鮭がいっぺんに店頭に並ぶ、鮭好きにとってははずせない季節だ。
「鮭はね、本当に色々あって面白いんですよ。たとえば、村上の塩引鮭は、他の産地とは違って鮭の頭が下になるように干すの。なぜなら、村上藩主導でつくられるようになった鮭だから、たとえ鮭でも首を吊るような格好になったらいけないとか、切腹に通じて縁起が悪いからって鮭のお腹の皮も一枚残しておいたりとか、そういう武家社会特有の特徴があるんですよね」
店先で、佐藤さんの話に熱心に耳を傾けているお客さんたち。その光景に、ふと、亡き初代店主・町田宏さんの話に引き込まれてこの店で働くようになったという、かつての佐藤さんの姿が重なった。
「この街は“人の街”なんだよね。たとえばお向かいは豆屋さんだけど、みんな通りに面してるから、どんな業種の人も丸見えじゃないですか。だから、他の業態のお店の人に教わることも多いんですよね。たとえば、鳥屋さんから教わった余熱で美味しく肉を焼く方法だって鮭にも応用できるし、私が鮭を全然切れない頃は、通りすがりの魚屋さんが直接切り方や包丁の研ぎ方を教えてくれたしね」
今も、商売をしながら、街の人から学ぶ毎日だ。
「商いの仕方や見極め方みたいのはそれぞれの仕事にあって、それを365日、日常的に見せてもらっているのは、自分の財産だよね。具合が悪ければ助け合うし、おかしいなと思うことは注意するし。私は東京の普通のサラリーマン家庭で育ったから、産地にも縁がなかったしね。だから、料理も、魚も、人との付き合い方も、全てここで教わったって感じですね」
ちなみに、旦那さんと知り合ったのもこの築地。中央卸売市場の青果卸で働いていた旦那さんと出会い、波除神社で結婚式を挙げたのだという。いまはその旦那さんもお店を手伝っている。
いい街ですよ、と佐藤さんは照れ臭そうに付け加えた。
もうすぐ、岩手県は大槌町の「南部鼻曲がり」が届く。自身も好物だという、寒風で干した手作りの辛口鮭。秋の後半にとれる脂の程よく抜けた雄の鮭で作られるため、保存性の高い、かの地の名産品だ。
毎年その鮭が届くと、12月の合図。佐藤さんが初めて築地で働き始めたこの街の年末が、またやってくる。
文:白井いち恵 写真:米谷享 参考文献:佐藤友美子『築地ーー鮭屋の小僧が見たこと聞いたこと』(いそっぷ社)