季節が巡るごとに、果物の旬も入れ替わる。その時季にいちばん美味しい品種を、選りすぐりの産地や生産者から仕入れてきた高級果物専門店「渋谷西村總本店」。働く人々が纏うのは、色とりどりの果物を引き立てる“フルーツ屋さん”ならではの制服だった。
渋谷スクランブル交差点を渡ると、軒先からフルーツのいい匂い。思わず1階の果物売り場に足を踏み入れる。道玄坂に面したイートインコーナー、通称“フルーツカウンター”では、自社製造のシャーベットやソフトクリーム、フレッシュジュースを楽しむ人の姿が。その奥の販売コーナーでは、色とりどりの果物を熱心に選ぶ海外からの旅行者らしきグループ客の姿がある。
「フルーツをお土産に求めていかれる海外のお客様は多いですよ。こんなにたくさんの美味しい果物が揃うのも、きっと日本のいいところだと思いますから」
「渋谷西村總本店」専務の西村元孝さんが、誇らしげに微笑む。
その首元には、なんとフルーツ柄のネクタイ。見ると、1階の売り場の男性スタッフは皆このネクタイをしている。おまけにネクタイピンも、店の正式なロゴマークにも使われているぶどうをモチーフにしたデザインだ。
「あ、これはね、うちのオリジナルのネクタイなんです(笑)。フルーツ屋ですから、フルーツを宣伝するためにつくって、販売スタッフの制服の一部にしているんですよ」
このネクタイは、西村専務の兄である社長の正治さんが、懇意のネクタイ屋さんと一緒に考えているものだという。
フルーツ売り場の仕事は意外とハード。商品を梱包したり、重い箱を運んだりするうちに、どうしても首元から腹部まで垂れ下がるネクタイはこすれて磨耗してくる。そのため、だいたい2年に一度は新デザインのネクタイを投入しているのだという。
「今回のものは西陣織のネクタイだそうです。このデザインを決めるのも、社長の楽しみのようですよ」
昭和10(1935)年に、西村専務の祖父・正次郎さんが現在の場所に開業した「渋谷西村總本店」は、令和2(2020)年に85年目を迎えた。もともとは、明治43(1910)年に、正次郎さんの兄が現在の文京区小石川に高級果物店を開いたことが店のルーツだ。兄弟で店を切り盛りする中で、自分の店を持ちたいという気持ちが膨らんだ正次郎さんは、東京中を歩き回り、将来性があると目をつけたこの渋谷に店を構える決意をしたという。
「その頃の渋谷は、昭和9年に『東横百貨店』(現在の東急百貨店東横店。2020年3月末で営業終了予定)ができたばかりで、勢いがあったんでしょうね。それに当時は、あの忠犬ハチ公もまだ生きていたそうで、うちの亡くなった祖母は、店の前を通ったハチに餌をあげたって言っていました」
まさに渋谷とともに歳を重ねてきた空間だ。いまは、かつての祖父兄弟のように、西村さん兄弟が三代目として店を守る。
ところで、2階のフルーツパーラーには、さらに果物の魅力を引き立てるユニフォームが待っている。次回はそのお話を。
――つづく。
文:白井いち恵 写真:米谷享