食の仕事着。
「渋谷西村總本店」1階フルーツ店の果物尽くしの制服のこと。

「渋谷西村總本店」1階フルーツ店の果物尽くしの制服のこと。

季節が巡るごとに、果物の旬も入れ替わる。その時季にいちばん美味しい品種を、選りすぐりの産地や生産者から仕入れてきた高級果物専門店「渋谷西村總本店」。働く人々が纏うのは、色とりどりの果物を引き立てる“フルーツ屋さん”ならではの制服だった。

フルーツが主役。

渋谷駅からは目と鼻の先の「渋谷西村總本店」。1階が果物売り場、2階がフルーツパーラー。

渋谷スクランブル交差点を渡ると、軒先からフルーツのいい匂い。思わず1階の果物売り場に足を踏み入れる。道玄坂に面したイートインコーナー、通称“フルーツカウンター”では、自社製造のシャーベットやソフトクリーム、フレッシュジュースを楽しむ人の姿が。その奥の販売コーナーでは、色とりどりの果物を熱心に選ぶ海外からの旅行者らしきグループ客の姿がある。
「フルーツをお土産に求めていかれる海外のお客様は多いですよ。こんなにたくさんの美味しい果物が揃うのも、きっと日本のいいところだと思いますから」
「渋谷西村總本店」専務の西村元孝さんが、誇らしげに微笑む。

1階売り場の制服。男性スタッフはフルーツ柄のオリジナルネクタイを締めているほか、男女共通で社のマークである「ぶどう」をかたどったピンバッジが胸元に光る。

その首元には、なんとフルーツ柄のネクタイ。見ると、1階の売り場の男性スタッフは皆このネクタイをしている。おまけにネクタイピンも、店の正式なロゴマークにも使われているぶどうをモチーフにしたデザインだ。
「あ、これはね、うちのオリジナルのネクタイなんです(笑)。フルーツ屋ですから、フルーツを宣伝するためにつくって、販売スタッフの制服の一部にしているんですよ」

このネクタイは、西村専務の兄である社長の正治さんが、懇意のネクタイ屋さんと一緒に考えているものだという。
フルーツ売り場の仕事は意外とハード。商品を梱包したり、重い箱を運んだりするうちに、どうしても首元から腹部まで垂れ下がるネクタイはこすれて磨耗してくる。そのため、だいたい2年に一度は新デザインのネクタイを投入しているのだという。
「今回のものは西陣織のネクタイだそうです。このデザインを決めるのも、社長の楽しみのようですよ」

渋谷駅を望む本社会議室には、昭和20年代から平成にかけての社屋と街並みの変遷がわかる写真が飾られている。右下は創業者の西村正次郎氏の胸像。
2019年9月にお目見えしたばかりの“新作”のネクタイ。だいたい2年ごとに一新され、毎回デザインが変わる。
1階売り場の男性スタッフや営業担当の社員が主に身につけている。色は全7色。

昭和10(1935)年に、西村専務の祖父・正次郎さんが現在の場所に開業した「渋谷西村總本店」は、令和2(2020)年に85年目を迎えた。もともとは、明治43(1910)年に、正次郎さんの兄が現在の文京区小石川に高級果物店を開いたことが店のルーツだ。兄弟で店を切り盛りする中で、自分の店を持ちたいという気持ちが膨らんだ正次郎さんは、東京中を歩き回り、将来性があると目をつけたこの渋谷に店を構える決意をしたという。
「その頃の渋谷は、昭和9年に『東横百貨店』(現在の東急百貨店東横店。2020年3月末で営業終了予定)ができたばかりで、勢いがあったんでしょうね。それに当時は、あの忠犬ハチ公もまだ生きていたそうで、うちの亡くなった祖母は、店の前を通ったハチに餌をあげたって言っていました」
まさに渋谷とともに歳を重ねてきた空間だ。いまは、かつての祖父兄弟のように、西村さん兄弟が三代目として店を守る。

専用の包装紙が使われているグレープフルーツ。昭和30~40年代頃から使われているデザインで、当時は高級果物だったため、こうした専用包装紙をあつらえたという。ほかの果物にも存在したが、現在も残っているのはグループフルーツと岡山白桃のみ。
5,000円以上のギフト商品に付けるようにしている“ヤーンクリップ”(リボンの結び目部分につけるあしらい)。こちらも社のマークである「ぶどう」の文様だ。
グラフィカルな模様の包装紙にはファンも多い。たくさんの実をつけることから“繁栄”のシンボルとされる柑橘をあしらった縁起のいいデザインで、創業時から使用していた柑橘柄の包装紙を、20年ほど前にイメージを残しながら刷新したもの。

ところで、2階のフルーツパーラーには、さらに果物の魅力を引き立てるユニフォームが待っている。次回はそのお話を。

――つづく。

店舗情報店舗情報

渋谷西村總本店
  • 【住所】東京都渋谷区宇田川町22‐2
  • 【電話番号】03‐3476‐2001
  • 【営業時間】1階フルーツ店は9:30~22:00、2階パーラー(03-3476-2002)は10:30〜22:20(L.O.)、日祝は10:00〜21:50(L.O.)
  • 【定休日】無休
  • 【アクセス】JR・東京メトロ・京王井の頭線・東急東横線「渋谷駅」より1分

文:白井いち恵 写真:米谷享

白井 いち恵

白井 いち恵 (ライター・編集者)

新潟生まれ、千葉育ち。おもに街と食(ときどきバス)に関する記事を書いています。定まった仕事着がないわが身を省みて、食の世界も含めたプロたちのユニフォームに敬意と憧れを抱くこの頃。大抵、紺色を着ています。