食の仕事着。
「渋谷西村總本店」2階パーラーの真っ白な制服のこと。

「渋谷西村總本店」2階パーラーの真っ白な制服のこと。

渋谷駅ハチ公口から徒歩1分。「渋谷西村總本店」の2階には、戦前から愛されてきたフルーツパーラーがある。5年前にリニューアルしたが、特に目を引くのが、全身真っ白なその制服だ。

フルーツの良さを伝えたい。

真っ白な制服は2階フルーツパーラー専用のもの。当初は靴まで白色だったが、現在は機能面を考えて黒の革靴に統一。ロングヘアのスタッフには、髪を束ねるための白いシュシュが支給される。胸元のフルーツを模したピンバッジも素敵。

「渋谷西村總本店」2階のフルーツパーラーは、色とりどりの果物が並ぶ賑やかな1階の売り場とは対照的に、金と白を基調にした落ち着いた空間だ。スタッフの制服にも同じ白が使われ、優雅な空間に調和している。そのためか、運ばれてくる果物のメニューの色鮮やかさに自然と目がいく。
「以前はもっとカジュアルな内装と制服だったんです。だけど、質の良い果物の美味しさをもっと伝えていきたいという思いがあって、2015年12月に店を改装したときに、それに見合う清潔感と上品さがあるいまのスタイルに替えました」
専務の西村元孝さんが教えてくれる。やはり、果物を主役にしたデザインらしい。

白色は汚れやすいこともあり、自然と動き方に気をつけるようになるそうで、「この制服を着ると気持ちが凛とします」と男性スタッフ。ちなみに、姉妹店の「小田急百貨店 町田店」の制服は、シルバー系の内装に合わせて、黒を基調にしているという。

それにしても、真っ白というのは、なかなか思い切ったアイデアだ。
「確かに汚れやすいんです(笑)。でも、それは、きちんとクリーニングすればいいことですからね。それに、白い制服っていうのは、なかなかほかのお店ではやってないことでしょ?」

果物を引き立たせる制服だけでなく、こちらのフルーツパーラーには、とにかく“果物を楽しんでほしい”という気持ちと、老舗の果物店だからこそ可能な手腕が詰めこまれている。年に7回、フルーツの旬に合わせて入れ替わる季節メニューには、そのときにいちばん美味しい産地から仕入れた旬の果物がお目見えするが、たとえ提供期間中に季節が徐々に移り変わっても、長年の信頼関係と目利き力で、また別の産地から粒ぞろいのものを切らすことなく仕入れている。
また、とっておきの果物や自家製ジェラートなどをふんだんに使った“特選シリーズ”には、専用のオリジナルグラスやカトラリーが使われ、日常の中にちょっとしたご褒美感を感じさせてくれる。

シーズンごとに数量限定で登場する“特選シリーズ”より、「特選シャインマスカットパフェ」2,900円(現在は終了)。メニューは季節ごとに7度入れ替わる。1月頭までは、西村専務曰く「まるでゼリーのような果肉」というブランド柑橘「紅まどんな」の商品が登場し、その後もシーズンメニューが続く。
人気のレギュラーメニューより、「ホットケーキ ア ラ カルト」1,350円とセットコーヒー450円。銅板で1枚ずつ手焼きする昔ながらのホットケーキに、プリン付きのフルーツデザートがセットになったお得感がいい。トッピングの果物は季節によって変化する。

一方で、定番メニューに込められた心遣いもあたたかい。長く通ってくれる年配の常連客に特に人気の「フルーツあんみつ」は、メニュー改定があっても必ず残しているし、それに「バナナチョコパフェ」と「フルーツサンド」を加えた3つのメニューは、「たとえば修学旅行生がうちに来てくれたときに、お小遣いで気兼ねなく食べていただけるように」との思いから、ぐっと手頃な税込1,000円という価格設定にしている。
しかも、使われているものはどれも目利きのフルーツばかり(おまけに「バナナチョコパフェ」に限っては、特別にジェラートが3種類ものっている!)。そこには、どの世代も置き去りにせず、“本当にいいものを食べてほしい”という気持ちが現れている。

4袋を並べると、リース状のフルーツのイラストが浮かび上がる砂糖。このフルーツ柄は1階フルーツ店のギフト箱などにも使われている。
全8種ある2階のショップカードもフルーツ尽くし。「味わうだけでなく、目で見ても楽しんでいただけるように」という西村専務の言葉通り、遊び心が満載だ。

ともに時を重ねてきた向かいの「東急百貨店東横店」も2020年3月末での営業終了を発表するなど、現在、“100年に一度の再開発”といわれる大規模工事が進行中の渋谷。場所柄、店の入れ替わりは激しく、常に流行にも目をこらす必要がある。おまけに近年は、周囲にフルーツパーラーの競合店も増えている。でも、そうした状況をむしろ歓迎しているようだ。
「店の数が増えれば、それだけ渋谷に足を運んでくださる方が増えるということですからね。その中で、若い方にもうちみたいな昔からあるお店ものぞいていただいて、“こんなところもあるんだなあ”と思っていただけたら。それぞれの個性を知ってもらうのが、共存するためにはいちばん大切なことですから」
街の変化にも柔軟に対応しながら歩んできた「渋谷西村總本店」。果物専門店として創業110年、フルーツパーラーは開業85年を迎えた老舗は、いつまでもみずみずしい。

1階から2階へつながるエレベーターの扉には、全面にぶどうの模様が!かつてはビルの外壁全体がこの模様で埋め尽くされていたそう。とにかく“フルーツ推し”の空間、来店の際は細部まで楽しんで。

店舗情報店舗情報

渋谷西村總本店
  • 【住所】東京都渋谷区宇田川町22‐2
  • 【電話番号】03‐3476‐2001
  • 【営業時間】1階フルーツ店は9:30~22:00、2階パーラー(03-3476-2002)は10:30〜22:20(L.O.)、日祝は10:00〜21:50(L.O.)
  • 【定休日】無休
  • 【アクセス】JR・東京メトロ・京王井の頭線・東急東横線「渋谷駅」より1分

文:白井いち恵 写真:米谷享

白井 いち恵

白井 いち恵 (ライター・編集者)

新潟生まれ、千葉育ち。おもに街と食(ときどきバス)に関する記事を書いています。定まった仕事着がないわが身を省みて、食の世界も含めたプロたちのユニフォームに敬意と憧れを抱くこの頃。大抵、紺色を着ています。