TOKYO蕎麦めぐり。
器変われば、蕎麦の味変わる。

器変われば、蕎麦の味変わる。

「江戸蕎麦 ほそ川」の真骨頂は、蕎麦打ち名人芸と内に秘めたる情熱だけにあらず。端正な蕎麦と料理をより美しく際立たせる器にも注目だ。

美意識は器に宿る。

蕎麦名人の凄技を目の当たりにした興奮冷めやらぬ、ほしさんとNOMAさん。蕎麦前を愉しみながら、ふたりが好きな器の話が始まった。

東京の蕎麦をめぐるふたり

ほしひかる

ほしひかる

佐賀県佐賀市出身。豊かな知識とわかりやすい解説でビギナーからツウまで幅広く支持される、蕎麦界の博覧強記。偏愛蕎麦屋は両国「江戸蕎麦 ほそ川」。江戸の蕎麦の通人を表す民間の資格「江戸ソバリエ」認定委員長であり、深大寺そば学院講師や「武蔵国そば打ち名人戦」審査員も務めている。共著に『休日の蕎麦と温泉めぐり』『江戸蕎麦めぐり』(ともに幹書房)がある。

NOMA(ノーマ)

NOMA(ノーマ)

佐賀県佐賀市出身。ファッション雑誌からラジオのパーソナリティまで幅広いジャンルで活躍中の人気モデル。生態学者である日本人の父とシシリア系アメリカ人の母を持ち、佐賀の大自然に囲まれて育つ。ライフワークは蕎麦と植物と宇宙。江戸蕎麦は原宿「玉笑」と両国「江戸蕎麦 ほそ川」がフェイバリット。蕎麦打ちにも興味津々。VOGUE JAPAN WEBで「モードな植物哲学。」を連載中。TOKYO FM「東京プラネタリー☆カフェ」でパーソナリティを務める。

NOMA
日本酒が入っている片口も、焼きみそのお皿もお洒落です。作家物でしょうか。
ほし
滋賀の信楽で作陶している澤清嗣さんの作品で、細川さんは20年以上澤さんを応援しているそうです。好みの器を見つけたら窯元へ足を運んでいます。蕎麦の産地を訪ねる時は器探しも兼ねているとか。「江戸蕎麦 ほそ川」では信楽、織部、九谷、唐津など全国津々浦々の作家ものが揃っていますし、漆塗りのお盆も蕎麦湯入れも特注です。ヴィンテージの「バカラ」が登場することもありますよ。
NOMA
今日も京都で買われたという骨董の蕎麦猪口と「エルメス」の華やかなお皿が一緒にテーブルに並んでいます。蕎麦湯入れも雅な佇まい。素敵な「ほそ川ワールド」ですね。
オレンジニンジンの天ぷら
栃木の農家から仕入れる“オレンジニンジンの天ぷら”800円は、まるごと1本を20分かけてじっくり揚げる。ぽくぽくと柔らかで上品な甘み。素朴な天ぷらに対し、皿はゴージャスな「エルメス」!器次第で印象が変わる1品だ。
きのことおかひじきの白和え680円
“きのことおかひじきの白和え”680円(季節や仕入れ状況によりメニューにない場合もある)。越谷にあるギャラリーで購入したという華やかなガラス器に盛り、涼を感じる酒肴に変身。
ほし
平成にオープンして手打ち蕎麦を出す「ニューウェーブ系」の店主は器に凝る人が多い印象です。でも、江戸時代の蕎麦屋は器にあまりこだわらなかった。ファストフードのような食事処としてスタートした上に、当時は単品料理が多いから器をさほど必要としなかったんです。
NOMA
たしかに、陶器や磁器が散りばめられた京都の懐石料理などと比べてみると、器の雰囲気やスタンスが少し違うかもしれません。でも「蕎麦猪口」という歴としたジャンルがありますよね?
ほし
そうなんです。「猪口」は朝鮮語の「チョク(鍾甌)」から来ています。今日は私の蕎麦猪口コレクションをいくつかお持ちしたので、蕎麦の器の歴史を見ていきましょうか。
澤清嗣さんの片口
澤清嗣さんの片口。こんなアーティスティックな器も「元気を感じる。偶然できた作品も面白いじゃない」と細川さんは軽々と使いこなす。
NOMA
美しい。いろいろな形や色味や絵付けがある。私もいくつか持っているのですが、もっと欲しくなってしまいます。危険ですね。
ほし
前回「室町 砂場」でお話しした蕎麦つゆのように、器も3つの時代に分けられます。第1期は江戸時代初期まで。まだ蕎麦つゆが誕生していなかったため、「木椀」が使われていました。いわゆる味噌汁茶碗に味噌1合と水1.5合を合わせ、蕎麦と薬味を一緒に食べていたので、口も底も広い茶碗がかき混ぜやすかったのでしょう。そして第2期は江戸中期。
ほしさんの蕎麦猪口コレクションのごく一部
ほしさんの蕎麦猪口コレクションのごく一部。1期の素朴な木椀、2期を彷彿とさせるやや口の広がった形、3期の寸胴型・薬味蓋付きなど、蕎麦猪口専門コレクターがいるのも頷けるほどバラエティー豊か。「渋谷・松濤にある『戸栗美術館』の伊万里コレクションはぜひ見ていただきたいです」とほしさんは教えてくれました。
江戸後期になると寸胴型に進化し、絵柄も多彩に
江戸後期になると寸胴型に進化し、絵柄も多彩に。薬味入れの蓋付きなど、現在の蕎麦猪口の形はこの頃すでに完成していた。
NOMA
醤油が誕生し、蕎麦つゆが完成した頃ですね。
ほし
その通り。その頃、朝鮮半島から佐賀県唐津へ入った作陶技術が発達し、江戸の町では伊万里焼など絵柄の付いた器が流行っていました。
NOMA
我らが故郷、佐賀の誇りである伊万里焼ですね(笑)。
ほし
嬉しいですよね(笑)。江戸中期はロウソクを灯して食事していました。ほの暗い照明のもとで濃いつゆがよく映える白磁が次第に重宝されるようになったんです。形もすっとした寸胴型になり、現代の蕎麦猪口の形が確立されました。第3期は昭和から現代まで。蛍光灯が現れて食卓が明るくなるとともに、蕎麦猪口のスタイルも多様化していきました。
薬味入れとセットでつくってもらった丼鉢
大川和宏さんの黄色いマグカップに惹かれ、薬味入れとセットでつくってもらった丼鉢。黄色の器に柚子の青と梅干しの赤が映える。「作家に自分の好みを押し付けてもダメだね、のびのびやってもらえるように気をつけてる」と細川さん。
焼きみそ
前衛芸術のごとし、平川鉄雄さんの無骨な雰囲気の陶器にのせた“焼みそ”620円。土を連想させる器と敷き詰めた白い岩塩が、蕎麦の色を美しく際立たせる。「カッコつけたらお金取れるでしょ?」と細川さんはいたずらっぽく笑った。

器は蕎麦と料理の衣装。

NOMA
最初に器にこだわった蕎麦屋さんはどちらなのでしょうか?
ほし
大正15年に新宿で創業した「一茶庵」の片倉康雄さんですね。「器も料理の衣装だ」と、交流があった北大路魯山人さんの影響を受けて陶器や漆器などの器を自作するほどでした。最近でいうと、老舗は昔ながらの素朴な器が比較的多く、平成にオープンした手打ち蕎麦の走りである「ニューウェーブ系」は作家ものの器などを使っていることが多い。
NOMA
蕎麦と料理だけでなく、器やインテリアにも美学を貫く店が増えてきたということなんですね。
ほし
NOMAさんのいらっしゃるファッション業界と似ているかな?モデルが蕎麦なら、ヘアメイクやスタイリストが盛り付けや器。きっとどちらも大切ですよね。細川さんも『器も佇まいも皆、揃ってなきゃダメ。いいハードを揃えて、自分の腕も上げていけばいい』とおっしゃってました。
蕎麦猪口談義に花を咲かせる器好きのふたり。
NOMA
店主の美意識が店の空間すべてに投影されているわけですね。『dancyu 「そば」名人』(プレジデント社)に掲載されている、細川さんの生い立ちや、ここにたどり着くまでの苦労が書かれた記事を読んで、そのドラマに感動してしまいました。結局、大切なのは「愛」なんだなと。「老舗は伝統、ニューウェーブは愛」なんて言ったら、怒られちゃいますかね。
ほし
愛も情熱も蕎麦づくりには欠かせない、大切なものだと思います。手抜きしないで一生懸命に蕎麦をつくっていて、店に来るたびに感動させられます。「手間と金がかかっても、ゆくゆく儲かりゃいいんだよ」って細川さんは照れ笑いしてましたが(笑)。
細川貴志さんを交えて
細川貴志さんを交えて蕎麦を愛する3人で撮影。「もう帰っちゃうの?」と寂しがる細川さんの言葉から、ほしさんとの長年の信頼関係が伺えた。

店舗情報店舗情報

江戸蕎麦 ほそ川
  • 【住所】東京都墨田区亀沢1-6-5
  • 【電話番号】03-3626-1125
  • 【営業時間】11:45~14:00(L.O.)、17:30~19:30(L.O.)
  • 【定休日】月曜 第1、第3火曜
  • 【アクセス】都営地下鉄「両国駅」より2分、JR「両国駅」より7分

文:森本亮子 写真:本野克佳 ヘアスタイリング:河原里美

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森本 亮子(編集者・ライター)

1980年兵庫生まれ、東京・錦糸町界隈に生息。出版社の雑誌編集を経てフリー9年目。肉(偏愛部位はハラミとクリ)、酒、下町酒場、イタリア、盆栽が好き。