「鰹は難しい」。その道のプロが口を揃えて言う。初物好きな江戸っ子にひと際愛された初鰹は、江戸前の伝統を継ぐ「㐂寿司」になくてはならない鮨種である。では、おいしい初鰹を出すために「㐂寿司」が心を砕いていることとは――。
昔から鰹は江戸の人々にとって特別な食べ物であった。江戸時代、1尾の価格は下級武士の年俸に相当したという。当時は伊豆や鎌倉の沖合でとれたものが多く出回り、最高の品物は静岡の駿河湾産だったと記録に残されている。
朝獲れたものを、その日のうちに高速船で江戸に運ぶ。その労力たるやいかほどのものか。だから別名「上り鰹」と呼ばれた飛び切りの上物は、幕府への献上魚とされた。
嫁を質に入れてまで食べてみたかった初鰹。当時は高級魚で庶民は口にすることはなかった。買い求めたのは役者や料理屋だったそうだが、江戸料理を特徴づけた鰹節といい、縞模様も粋な鰹は、上方の鯛に匹敵する江戸っ子好みの魚だといえる。
初物食いは75日長生きするという信仰もあり、初物にかける江戸の町人の見栄と男気は凄まじかった。鰹に限らず「初」「若」「早」のつく食べ物を当時の人々は挙って求めたという。
作者は不明だが、こんな川柳が残されている。
初がつお 銭と辛子で 二度落涙
江戸っ子は現在のように鰹を「たたき」にして、大葉や生姜などの薬味を添えて食べることをしなかった。鰹は刺身に辛子。見栄を張って、大枚はたいて手に入れた初鰹の味はどうだったのか。さぞ、堪えられなかっただろう。
こうした江戸町人の見栄と男気は、「いなせ」や「男伊達」など江戸町人独特の美的生活理念を育むことになり、歌舞伎や浮世絵の題材となる。
「㐂寿司」四代目の油井浩一さんは言う。
「昔は初鰹といえば目に青葉、つまり5月なんですが、今は3月、下手すると2月には魚河岸には鹿児島の枕崎あたりで獲れた品物が並びます。昔と比べると船も進化しましたし、流通もよくなった証です。でも寒さがまだ残る時期に鰹と言われてもあまりピンときませんね。3月半ばになって、いいものがあればお出ししますが、初鰹というのは、やっぱり、桜の花が落ちてからの季節なんだと思います」
一浩さんに限らず、鰹に携わる人は、「追っかける」という表現を使う。春から初夏にかけて、黒潮に乗り、群れをなして太平洋を北上する鰹は、秋が深まる頃になると、今度は途端にきびすを返して、南方の海に向かって黒潮を下る。これが「戻り鰹」だ。
近年では12月でも良質の鰹が入荷することもある。
つまり、鰹のシーズンは意外にも長い。だからこそ、その間、良質な品物を求めて、1本釣りの漁師よろしく、どこまでも鰹を「追っかける」のだ。
早朝7時。一浩さんは豊洲市場にある「虎勇」という仲卸を尋ねる。競り人の中村文隆さんは、一浩さん以上に目の色を変えて鰹を「追っかける人」である。鰹は個体差が激しく、目利きが難しい魚と言われている。20年魚河岸で仕事をしている中村さんでも、見た目でどの魚がいいのか判断するのは難しいと断言する。
「鰹は難しいですよ。とにかく100本やって、いいのが1匹、出るかでないか。同じ漁場でとれた、同じ船の魚でも、まったく状態が違う。だからこそ、いい鰹を提供するためには、どれだけ選るかなんです。もちろん、全部、買うんですよ。買った中から腹を割ってみて、それで良し悪しを判断するんです」
その言葉の通り、軒先のガラスケースの鰹は、すべて腹を割った状態で並んでいる。マルの状態のかつおは1尾もない。
「今日、『㐂寿司』さんにお出しするのは、選った30本のなかからさらに選ったものですよ」
1本の半身を差し出しながら、中村さんは満足げな笑みを浮かべる。今日は海の状態も安定していて合格なんだという。
鰹の難しさは使う側も毎日感じている。今シーズン、とんでもない鰹にぶつかったと一浩さんが打ち明けてくれた。
「なかにはゴリといって、身の一部分が石のように硬く変質したものがあるんです。とにかく、強烈な青臭い匂いがする。1匹の魚の背は問題なかったけど、腹だけがだめ。そんな魚もあるんです。それは身をおろしてあったとしても包丁を入れるまで絶対にわからない。包丁を入れて初めて、これは当たりだということがわかるんです」
それでも一浩さんは文句を言わない。そこにたどり着くまでの苦労を知っているからだ。
当然、魚の値段を値切るということもしない。
「鰹は足も早いので、いい状態のものをできれば毎日、こまめに買うことが大事なんです。そのためには、商売も軌道に乗ってなければ成立できない。いい鰹を追っかけるということは、店をとりまくすべての状態が整っていないと成立しないんです」
先代の油井隆一さんも、鰹をどこまでも追っかける人だった。味を見て少しでも違和感があると絶対に使わない。確たる信念があった。
5月22日はそんな隆一さんの命日にあたる。
「早いもので旦那がなくなって1年です。本当に祭りが好きな人でした。どこまでもまっすぐというか、譲らないというか。初鰹が大好きな江戸っ子でした」
潔く、そして慌ただしく季節はめぐってゆく。
祭囃子が遠ざかると、もう梅雨。いよいよ夏の魚が旨くなってゆく――。
――つづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿