いまや鮨屋でもなかなかお目見えしなくなった鮨種、白魚。江戸前の仕事をほどこした握りはなおのこと。歌舞伎に「白魚」と「朧月」のことをうたったセリフが出てくる演目があるが、「㐂寿司」の白魚は、中に芝海老のおぼろがかませてある。この二つが合わさった、上品で絶妙なおいしさときたら。「ああ、春」とうっとりとしたため息がこぼれ出てしまう、この時季だけの鮨種を堪能したい。
東京の下町には「イキな食い物」というものがある。
イキは「粋」とも「意気」とも書くが、はっきりとその意味を言葉で説明するのは難しい。そもそも、東京の食文化の礎を築いたのは江戸時代の町人、そして庶民だった。彼らは自らを「江戸っ子」と自認し、食べ物だけでなくその食べ方にまで「通」や「粋」などのこだわりを求めた。彼らが好んだ鮨や鰻、天ぷらなど「江戸前」の食べ物は、こうした人々の生活心情や美的理念を反映し開花したのだ。
「㐂寿司」が江戸前を代表する店といわれる所以は、単に江戸前鮨の開祖「与兵衛寿司」の流れを汲むからだけではない。店を切り盛りする二人の兄弟、ひたむきで実直な職人、艶やかな女将など、家業として「㐂寿司」を支える人々の働きぶりに、いまでは遠く懐かしい存在になりつつある江戸っ子の姿を重ねてしまうこともあるからだろう。
とくに先代・油井隆一さんは粉うかたなき江戸っ子だった。金銭に執着しない気風の良さは、市場でも有名だった。洒脱な教養人として、江戸の風土と現代の嗜好を織り交ぜ、一度は廃れた江戸前の仕事を現代に復活させた。
白魚の握りもそのひとつだ。
先代は蒸した白魚に江戸前伝統の自慢の芝海老のおぼろをかませ、数匹の白魚を、川を上る筏に見立てて握った。四代目・油井一浩さんは、この白魚の握りを先代から引き継いだ。
「白魚は型が大きくないと価値がないのです。市場には晩秋あたりから並びますが、出始めの白魚は4、5cmしかありません。握りには10cm前後のものを厳選してお出しします。といっても時季は4月いっぱいが限界です。この時季の白魚はお腹に卵を抱いていて、熱を加えるとプチプチとした食感になって楽しいものです」
白魚の握りは、細部にこだわる江戸前の粋を凝縮したような逸品だ。
白魚の淡い味わいと酢飯の酸味、芝海老のおぼろの甘さ、爽やかなわさびの刺激が口の中で渾然一体となる。きざな言い方をするならば大変「美味」である。
白魚は江戸庶民にとって馴染み深い川魚だった。春先になると産卵のために抱卵した白魚が隅田川の河口に押し寄せたのだ。江戸の漁師は篝火で水面を照らし、集まってきた白魚を、四つ手網ですくって獲ったという。その様子が、江戸時代後期に書かれた江戸風俗史『守貞謾稿(もりさだまんこう)』に載っている。
「白魚は江戸隅田川の名物とす。細かき網をもってすくひとる。夜は篝(かがり)してこれを漁(すなど)る」
同じく、江戸時代に考案された歌舞伎の演目としてはあまりにも有名な「三人吉三廓初買(さんにんきちさくるわのはつがい)」(通称・三人吉三)冒頭の名台詞。
「月に朧(おぼろ)に白魚の篝もかすむ春の空」
これは、しらじらと明けて霞んでいる初春の江戸の情景を詠ったものだが、やはり、白魚が題材になっている。隅田川の水面に映える篝火は、庶民の目にさぞ美しく映ったであろう。白魚は江戸に春を知らせる風物詩だったのだ。
江戸を代表する白魚の産地が、隅田川の河口に位置する「佃島(現・佃一丁目)」だった。佃島の漁師は「佃衆」と呼ばれ、幕府への献上魚を扱う一級の漁師集団として一目置かれていた。
やがて佃衆は市場を築き、献上した魚の残りを料理屋や庶民を相手に売買するようになる。これが日本橋魚河岸の起源とされ、今日の東京都中央卸売市場(豊洲市場)の前身となっている。
江戸時代、豊富にとれた白魚は、酢の物や吸い物、揚げ物として供されていた。もちろん、江戸前鮨の鮨種としても登場する。
しかし、戦後、日本が高度経済成長期に入ると、隅田川は生活排水によって汚染され東京から白魚の姿は消えてしまった。鮨屋の品書きから白魚の握りが消えて久しい。
そもそも、白魚は海水と淡水が混じり合う汽水域に生息する。現在は島根・宍道湖(しんじこ)や青森・小田原湖、茨城・霞ヶ浦などが主な漁場。一浩さんは兵庫・赤穂(あこう)産の白魚が一番と譲らない。しかし、今では豊洲にも1日に数パックの入荷しかないほどの希少品だという。
鮮度のいい白魚は、向こう側が透けて見えるような透明な魚体をしている。
江戸時代は鮨種の白魚は、日本酒と砂糖、塩で煮たものを使っていたが、「㐂寿司」では味醂の風味を利かせた蒸気で蒸し上げて使う。
「白魚の身は柔らかいので、煮てしまうと、首の部分がもげてしまうんです。東京では、これを『獄門首(ごくもんくび)』と呼んで忌み嫌いました。蒸し上げることで、白魚のホワッとした食感も強調されるので、先代は煮るのではなく、蒸して使うことを考案したのだと思います」
㐂寿司では、白魚の握りは桜が咲いて散るまでの、ごく短い期間しか品書きに登場しない。こういう旬の味に偶然出会えたなら、心躍ることは間違いない。白魚に春の到来をなぞらえた江戸っ子の気持ちを思うと感慨も深くなる。ふらりと気が向いた時に暖簾をくぐれる下町ならでは鮨屋だからこその愉悦がここにある。
――つづく。
文:中原一歩 写真:岡本寿