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「ハッピー太郎醸造所」の清らかな酒造り/クラフトSAKE醸造所訪問レポート ネオどぶろく・前編

「ハッピー太郎醸造所」の清らかな酒造り/クラフトSAKE醸造所訪問レポート ネオどぶろく・前編

dancyu3月号のブックインブックは、日本酒から弾け出た新ジャンルの酒、「クラフトSAKE」を取り上げました。お酒が型破りなら、造り手も造り方も独創的で破天荒だった!誌面ではご紹介しきれなかった、彼らの攻め攻めの醸造スタイルを深掘りします。

清らかさの肝は「麹」にあり―古くて新しいどぶろく造り

どぶろく造り

「クラフトSAKE」は、清酒ではないが、清酒と同じニッポンの「米と麹の酒」。その中で、米をしぼらず余さず酒にするのが「どぶろく」だ。日本酒の原点でもあり、その昔は日本各地でも民間で自由に造られていた時代があった。当時の「最小限の設備で造りたい酒を自由に造る」というそのマインドに共鳴するクラフトSAKEの造り手たちは多く、続々とどぶろく醸造にも挑戦。これまでとは一線を画した、個性の際立ったどぶろくが飲めるようになっている。その筆頭が、「ハッピー太郎醸造所」だ。

人懐こくて温かい。独特の懐かしさを感じさせる酒

館内
「湖のスコーレ」はJR長浜駅から徒歩6分ほどの町中、曳山博物館の真向かいに立地。“スコーレ(ギリシャ語で学校)”の施設名が示すとおり、生活での学びを通した発酵文化の復興をテーマに創設された。館内にはストア、ギャラリー、カフェなどのほか、チーズ工房も併設。
売店
醸造所入口には売店も。どぶろくや甘酒がグラスで飲めるほか、自家製の味噌や塩麹、鮒ずしも購入できる。

クラフトサケの酒蔵開業が相次いだ2022年、琵琶湖畔の古都・長浜でも1軒の新しい醸造所で酒造りが始まった。前年21年、発酵をテーマとする商業文化施設「湖のスコーレ」が町中にオープン。フロア一角に味噌や甘酒の糀製造を手がける「ハッピー太郎醸造所」が誕生し、オーナーの池島幸太郎さんは、醸造室で念願のどぶろく造りをスタートさせた。
「人懐っこくて温かい。味噌麹で造っているからかな。独特の懐かしさというか、体温を感じさせるお酒です」と話すのは、東京・下北沢の「発酵デパートメント」を主宰し、池島さんをよく知る発酵文化デザイナーの小倉ヒラクさん。そう聞けば、すぐにも飲んでみたい。願わくばフレッシュなのを。それに、味噌麹でお酒を造るって、どういうことなのか。なぜ酒麹ではないのだろう?気になる。というわけで、一路冬の長浜へ向かった。

長浜市
長浜市は滋賀県湖北エリアの中心都市。豊臣秀吉公が開いた長浜城の城下町として知られ、北国街道の宿場として栄えた歴史ももつ。
町並み
「湖のスコーレ」周辺には往時の面影を色濃く残す古都の町並みが続き、散策も楽しい。

“ひとり蔵人体制”で原料処理から仕込み、瓶詰まで。

池島さん

醸造所は仕込み風景が外から見えるよう、ガラス窓を配したオープンな構造。その一室にある麹室で、池島さんが朝の麹仕事に集中していた。法人ではなく、個人事業主としての運営につき、酒造りも原料処理から仕込み、上槽、瓶詰まで、基本的には一人ですべての工程を責任を持って見る。

池島さん
麹室は4畳半大のコンパクトサイズ。「狭い空間でできるだけ多くの麹を置いて、高温多湿の環境で育てるのが味噌麹の基本形」と池島さん。
蒸米器
ステンレス製のスチーマーの上に木製の蒸篭をのせ、穴を開けた手製の板の上に、竹簾を敷いた自家製の蒸米器。米は精米90%台がほとんど。コイン精米も頻繁に利用する。
サーマルタンク
400Lのサーマルタンク仕込み。もろみ日数は特定せず、香味バランスを味見でチェックしながら、ちょうどよいと判断したタイミングで瓶詰する緩い醸造スタイル。
出荷準備作業
ハッピーどぶろくの出荷準備。洗い物や瓶詰の時には、地元のアルバイトさんが3~4人駆け付けてくれる。

ハッピー太郎の酒造りの要は、味噌用の“完熟麹”

完熟麹

「真っ白でしょう?」

そう言われて手元の麹を見ると、確かに。菌がびっしりと表面を覆い、1粒1粒が大きく膨らんで柔らかそう。日本酒の酒蔵でよく目にする、小粒で乾燥気味に締まった清酒麹とは顔つきが違う。作業台の上下いっぱい、床の上にも麹蓋が並び、4畳半大の室の中はむんとする熱気と湿り気がこもっている。この環境も、清酒蔵ではまずお目にかからない。

「これが味噌用に使う“糀屋の麹”の造り方。自分は“完熟麹”と呼んでいます」

そのココロは、農作物でいえば“登熟”を目指すイメージで、水分(湿度)を絶やさず、麹菌をしっかり繁殖させて育て切るから。よく溶けて味もしっかり出すタフな麹となり、酒に醸せばコクの豊かさや味わいの厚みが格段に増す。

麹の手入/手元
麹は通常の日本酒に使われる黄麹と、焼酎用の白麹の2種類をつくり、ブレンド。仕込むどぶろくのタイプにより、黄麹と白麹の配分を変えて酸味や甘味、香味のバランスを調整する。

真っ白に麹菌が繁殖し、しっとりとした膨らみが艶っぽい完熟麹。農産物をイメージし、蒸米を土に、種まきを麹菌の種切りに見立て、過度なコントロールを控えてのびのびと育てる。しっかりと菌糸の回った麹は、農作物でいえば「作物が熟れきる前に一番おいしくなる感覚に似ています」と池島さん。

麹の手入/上半身
狭い空間をフルに活用すべく、作業台の下にも種切後の麹を囲う。清酒蔵ではありえない麹の床置きも、プリミティブな味噌麹づくりでは当たり前の光景だ。
ヒーター
麹室にある温熱器は、なんと「こたつの台座からはがした赤外線ヒーター(笑)!」。どこまでもマイクロ&クラフトだ。
紙
理想の温度は40℃前後、湿度は80~90%!
池島さん
老舗の味噌蔵では、この大きな麹蓋を高く積み上げて密度を上げる光景も見られるという。麹を少なく盛り、広い空間で乾かしながら育てる清酒麹とは対照的だ。

「昔は農家が冬の副業としてつくっていた泥臭い麹ですから。当然、米を磨く発想もありません。透明な液体をよりきれいにするために、麹菌の成長を抑え気味に、温度コントロールをかけながらてデザインしていく清酒麹とは真逆の考え方ですよね」

清酒蔵の蔵人歴13年に加え、米農家と酒販店勤務も経験

池島さん
「ハッピー太郎醸造所」のオーナー醸造家、池島幸太郎さんは、大阪生まれの滋賀育ち。“ハッピー太郎”の醸造所名は、そのまま店主の名前から命名。「ハッピーを名乗るからには、“発酵がつなぐ幸せ”を使命感をもって追求したい」と話す。

かく言う池島さんは、島根と滋賀の3軒の酒蔵で通算13年にわたる酒造修業を積んだ経歴の持ち主だ。一方で農業法人で自然栽培の米作りを、大阪の地酒専門店では酒販のノウハウを学び、自宅では自家製の味噌や鮒ずしなどの発酵食づくりにも熱中。やがて「発酵でつなぐ、しあわせ」を形にするべく、発酵食の基軸となる良質な糀づくりを探求するように。2017年に彦根市で糀(麹)事業のための醸造所を立ち上げた後、「湖のスコーレ」に本拠を移した経緯がある。

「誰にも真似できない、工芸品のような清酒の吟醸麹を追い求めた時期もあったけれど、今は“誰にでもできる完熟麹”づくりを楽しんでやっている(笑)」と池島さん。
「お酒も必ずしも琴線に触れるものばかりでなく、日常の発酵食の延長にある飲み物として、一口で『わ~、何これ!?』と驚いたり、人に薦めたくなるような楽しさがあっていいのかな、と。米麹を使って自由な酒を造るクラフトサケの立ち位置は、造り手としての今の自分にとっても、しっくりなじむ感じがありますね」

キュートな酸味、爽快な発泡感。
誰もが虜になる「ハッピーどぶろく」

ハッピーどぶろく

ハッピー太郎醸造所のどぶろくは、大きく分けて2種類のラインがある。1つは米と米麹のみでつくる定番の“ハッピーどぶろく”、もうひとつはいちご、ぶどうなど副原料の農作物を主役にして不定期に仕込む“something happy”だ。

“ハッピーどぶろく”は甘口と辛口の2タイプ。アルコール度数は、高すぎず低すぎずの13℃。甘口はぽってりした愛嬌を感じさせる甘味、辛口はシャープに切れる酸のタッチあり、と味わいに違いはあるが、10℃以下の低温でゆっくり発酵させ、米の存在感と旨味の輪郭を引き出す手法は共通している。「米農家さんの思いを感じ取ってほしい」という、造り手の願いを前面に打ち出した設計だ。

ありがとう米
池島さんが最大級の信頼を寄せる池内農園の「滋賀旭」(右)と、SHIBATA GROUND MUSICの「ありがとう米」(左)。どちらも独自の自然農法を20年以上にわたって続ける気鋭の米農家。「農家さんの哲学や背景を映す鏡のようなどぶろく」が理想形だ。

原料米には県内の米農家から取り寄せる自然栽培米を使用する。東近江市で30年前から自然農法を続ける池内農園の「滋賀旭」、長浜市内で同様に20年以上にわたり自然循環農法を営むSHIBATA GROUND MUSICの「ありがとう米」、「はみだし米」と呼ぶ某無農薬・無施肥農家の規格外米の3種類。いずれも安価とはいえないが、「健全に育ったお米は、きれいな発酵に導くために外せない選択」と池島さん。
「どぶろくは麹ごと口に入れる飲み物なので、まず麹自体がおいしくないと。3軒の農家さんのお米は、麹にしたときの手触りが違う。ぷりっと健康的な弾力があって、発酵の香りにも圧倒的な透明感がある。よい土壌で育つ農作物と同じです」

麹は日本酒用の黄麹と、クエン酸を多く出す焼酎用の白麹とのブレンドが基本。柑橘の爽やかな酸のニュアンスで、「きつい」と思われがちなどぶろくのイメージを払拭したいと考えた。自家製の甘酒を発酵初期からもろみに加えるレシピにも、糀職人ならではの工夫が光る。

ハッピーどぶろくのもろみ。発酵途中ではまだ粒感が目立つ。最終的にはミキサーを使ってもろみを十分に溶かし、滑らかでクリーミーな飲み口に。どぶろくの飲みにくさを解消するとともに、「湖のスコーレ」の洗練された雰囲気になじむ上品なテクスチャーを意識している。

こうして生まれたのが、日本酒の源流にふさわしい懐かしさを感じさせつつ、モダンでシュッとした洗練も併せもつ“ハッピーどぶろく”のスタイルだ。キュートな甘酸っぱさ、とろりとクリーミーな口当たり、シュワシュワの発泡感が溶け合う三位一体が、一口で誰をも虜にしてしまう。何より、目のきれいな少女を思わせるピュアネスに圧倒される。“漉さない”どぶろくだというのに!

「実は分析の為に漉してみたことがあるんです。自画自賛になってしまいますが、またまたビックリするほどおいしくて!いつか造れたらいいなあと、こっそり思っています(笑)」

ハッピー太郎醸造所
【住所】滋賀県長浜市元浜町13番29号 湖のスコーレ内
【URL】https://happytaro.jp/
【アクセス】JR「長浜駅」より徒歩7分

文:堀越典子 写真:佐伯慎亮

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