日本ではタイ料理店に行くと見かける“ヤムウンセン”。しかしパリでは、ほぼ出会うことのないサラダなのだという。作家、ミュージシャン、映画監督など幅広く活躍をしている辻仁成さんは、本誌の連載「キッチンとマルシェのあいだ」でも書いているように、多彩で美味しい料理をつくります。パリに住んで20年の辻さんによる、美味しさと思い出の詰まった“パリ・サラダ”のレシピです。
実は、フランスはもともとベトナムの宗主国だったので、ベトナムとの文化的交流は強く深いのだけれど、タイ人を探すのはベトナム人を探すよりもうんと難しい。タイとベトナムは近いのに、本格的なタイレストランを探すのは至難の業なのである。たまに、タイレストランがあっても中国系か、カンボジア系と別れる。不思議なことにカンボジア人がタイレストランを経営しているケースが多い。美味しいのだけど、かなりフランス人向けにアレンジされている(かなり甘い)ものがほとんどだし、メニューも半分中華だったりする。中国料理とタイ料理を同列に扱っている店が多いのが特徴で、面白いことに、今日ご紹介する「ヤムウンセン」、実はフランスのタイレストランでは基本、置かれていない。フランス人にはなじみの薄い、珍しい料理なのである。なんと衝撃的な事実ではじまる今回の「パリサラダ」であった。
じゃあ、どうして、ここでぼくが取り上げたのかというと、だからこそ、タイ料理好きなぼくが自宅で良くつくるのがこの「ヤムウンセン」だからであり、フランス人の仲間受けがダントツなのである。ぼくが「ヤムウンセン」を本場タイで初めて食べたのは、忘れもしない拙著『サヨナライツカ』の取材旅行で訪れた、今から、25、6年も昔の首都バンコクでのこと。ぼくはマンダリンオリエンタルホテルに滞在し、そこを舞台に作品を手掛けていた。映画化もされたこの作品のそこかしこにタイ料理の影響が出ているが、当時、マンダリンホテルのテラスサイドレストランでこのヤムウンセンを食べることが出来た。それは実に洗練された優しい味の春雨サラダだったのだ。礼儀正しいタイの人々の所作とこの春雨サラダの新鮮な野菜感が重なった。そこから作品のイメージも膨らんだ。食欲のない真夏でも涼しく食べられるこの一皿に救われ、ぼくは『サヨナライツカ』を書き上げることが出来たのである。ということで夏のパリで、ぼくが個人的によく食べるこのサラダを今日は皆さんと一緒につくってみたい。
一つ、バンコクで食べた「ヤムウンセン」との大きな違いを申し上げるならば、辻風パリ・ヤムウンセンはミントとコリアンダーくらいしかハーブを使用しない。ハーブ感を強めないで春雨の風味を大切にしたのは、マンダリンのちょっとお上品なヤムウンセンが当時、そういうお味だったからである。下町で食べたもっと強烈なヤムウンセンとは違う、上品な春雨のサラダを目指してみた。拙著『サヨナライツカ』を再読されながら、ぜひ、食して頂きたい。こーぷくんかー。
春雨 | 100g |
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きくらげ | 3枚 |
★ ドレッシング | |
・ ニョクマム | 大さじ3(魚醤) |
・ ライム | 大さじ2(搾り汁) |
・ 砂糖 | 小さじ2 |
・ にんにく | 1片(すりおろす) |
・ 生唐辛子 | 1/2本(小口切り、もしくは鷹の爪少々) |
・ 水 | 小さじ1 |
ゆで海老 | 6尾 |
豚挽き肉 | 30g |
細めのにんじん | 4cmくらい |
紫玉ねぎ | 1/4個 |
セロリ | 1/4本 |
きゅうり | 1/3本 |
コリアンダー | 適量 |
ミントの葉 | 適量 |
ピーナッツ | 少々(あれば) |
まず、ボウルに熱湯を入れ、春雨ときくらげを20分くらい浸して戻しておきます。
ドレッシングの材料を混ぜ合わせる。
①の春雨が戻ったら食べやすいように切り、温かいうちにタレと混ぜ合わせましょう。
次に、すべての野菜を細切りにして混ぜ、最後に縦半分にカットしたゆで海老とゆでた豚挽き肉を加え、しっかりと混ぜたら、ほぼ出来上がり。手早く出来るところも素敵です。
最後にコリアンダーとミントを加え、砕いたピーナッツを上からふりかけ、完成となります。
少し落ち着いた涼しい場所で、上品に味わってみてください。汗ばむ夏にも、心地よい清涼感が届くはずです。シンハー・ビールとの相性も抜群ですぞ。
ボナペティ!!!
文:辻 仁成 写真・協力:Miki Mauriac