芳しい卵の香り、貝柱の奥深き風味、そして魂を揺さぶる辛味――名店でしか体感することができない看板の味を教えてもらうべく門を叩きました。3回にわたって、手加減なしの本格レシピを紹介します。一品目は「中國名菜 孫」の“黄金炒飯”です。
「おいしい炒飯っていうのはね」と語り始めた孫成順さんの言葉のなかに、できの良い炒飯を表す常套句“パラパラ”という表現は出てこない。
「ベチャベチャなのは、もちろんダメ。でもパラパラに見えて、ただ米の水分が抜けてカラカラッていうのも、豆みたいに硬くておいしくないね」
“孫流極上卵炒飯”が掲げる指標は3つ。まずは供された瞬間、思わず大きく息を吸い込みたくなるような油と卵の良い香り。ふたつ目は、指で触れれば“アチチ”と声が上がるくらいの充分な熱さ。そして最後は、なだらかな山にそっとれんげを差し入れると、はらりとくずれるほどの、しっとり&サラサラとしたテクスチャー。
「家庭の火力では難しいという人もいるけれど、あらかじめ油の温度を高くすればOK。それより油の量が少なすぎたり、熱し方が足りないほうが問題ね。香りが出ないし、卵は生臭くなるし、油もくどく感じちゃうよ」
また、鍋を何度もガシャガシャあおるパフォーマンスもいらない、と孫さんは言う。
「火から遠くなれば、鍋中の温度は当然下がってしまうでしょ?それに空中で米や卵が踊ることで乾いて硬くなる。ガス代がもったいないだけね(笑)。鍋をしっかり火に当てておくほうが、動きはゆっくりに見えても仕上がりは早いよ」
米ひと粒ひと粒が備える品のあるツヤ、穏やかな光を放つ全体の黄金色。そして“ふわ~っ”という音が聞こえてきそうな香り。まさに身をよじりたくなるような旨さである。
ごはん | 200g |
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卵 | 1個 |
長ねぎ | 大さじ2(粗みじん切り) |
葉にんにく | 大さじ1(粗みじん切り) |
サラダ油 | 大さじ2 |
塩 | 小さじ2/3 |
中華鍋を強火にかける。煙が立つくらいまでから焼きをしたら、お玉1杯分のサラダ油(分量外)を流し入れる。かき混ぜて鍋全体に油を回し、オイルポットなどに戻す。あらためて中華鍋にサラダ油大さじ2を入れ、強火で煙が立つ直前までしっかりと加熱する。
卵は溶かずに、熱した油に入れる。お玉の背で卵を粗くつぶし、油を下からすくいかけるようにしながら軽くほぐす。
卵が粗くほぐれたら、長ねぎを加えてお玉でザッと合わせる。すぐにごはんを投入して固まりをほぐす。
お玉でごはんと卵を広げ、鍋肌にギュッと押しつけてから、またほぐす。これを数度繰り返し、米のひと粒ひと粒、黄身、白身に熱を均等に行き渡らせる。焦げつきそうになったら、鍋を2回ほどあおって上下を返す。
全体がほぼ混ざり合ってパラッとしてきたら、表面にまんべんなく塩をふる。ザッと炒め合わせ、塩を全体になじませる。
再度、お玉の背でごはんと卵を鍋肌に押しつける&ほぐすを繰り返して、さらに香ばしさを高める。焦げつきそうになったら、鍋をあおって上下を返す。全体が均等に美しい黄色みを帯びてきたら、仕上げに葉にんにくを加えて、ひと混ぜしてでき上がり。
――5月22日(「シェフス」の“干し貝柱の炒飯”)につづく。
中国料理最高位“特級厨師”を史上最年少で取得した、選ばれし料理人。1991年に来日し、全国各地の有名ホテル、レストランの料理長を歴任し、2007年に「中國名菜 孫」を六本木にオープン。著書に「本場の中国料理 ソース・たれ・醤の基礎技術教本」(旭屋出版)がある。曰く「炒飯は油温が味の決め手よ」。
文:佐伯明子 写真:今清水隆宏