
ウイスキーと食べ物の絶妙なペアリングを探索する「ウイスキーと食」連載も7回目。今回は、ソムリエの若林英司さん考案の肉料理のレシピを料理研究家の野口真紀さんが実作し、そこにウイスキーを合わせる「ウイスキーと肉」ペアリングの第3弾をお届けします。第1弾はサントリーの角×豚の角煮、第2弾はウッドフォードリザーブ&ソーダ×鶏肉のカシューナッツ炒め、そしてこのたびの第3弾は、ヴァルヴェニー12年に合わせた牛肉を使った煮込み料理が登場します。
若林さんが料理と酒のペアリングを発想するときには、先に料理を決めることもあれば、先に酒を決めることもある。これまでの2回では、角×豚の角煮のときは角ありきで先に酒を発想し、鶏肉のカシューナッツ炒め×ウッドフォードリザーブ&ソーダのときは、料理ありきで、そこに合わせる酒を後から決めた。そして今回は、まず、ご自身がお好きなウイスキーとしてバルヴェニー12年を選び、そこから料理を発想したという。

バルヴェニー12年はどんな酒か。まずそのプロフィールを紹介すると。産地は、スコットランドのハイランド地方だ。その中のスペイ川沿いの名産地(スペイサイド)では、グレンフィディックやマッカランをはじめ数々の名品が生み出されている。バルヴェニー蒸溜所は19世紀末期にグレンフィディックの第2蒸溜所として創業し、今も職人の手作業で原料である大麦麦芽(モルト)の発芽や乾燥を行なっている。
「私はこのシングルモルトがとても気に入っています。だから、ウイスキーと食のペアリングを提案するとき、まずは私の好きなバルヴェニー12年をお薦めしたいと思い、それに合わせる肉料理は何かと考えていきました。酸味があり、まろやかでやわらかさもある肉料理にしたい。使うのは牛肉として、ビーフシチューでは味わいが強すぎると思ったとき、浮かんできたのがビーフストロガノフです。こんなふうに、お酒が先に決まっていると、料理を決めるのは比較的にスムーズです。でも、料理を先に決めて、後から合わせる酒を考えることもあります。日ごろ、ソムリエとしてやっているのは、こっちですね」
そこで試みに、先にビーフストロガノフという料理を決めてから、それに合うウイスキーを決めていくときは、どんなふうに考えを進めるかを伺った。
「ビーフストロガノフという料理にフォーカスすると、細切りの牛肉を焼いて、それからゆっくり煮込んでいく。デミグラスソースとトマトが入ることで、コクと酸味のある、やさしい仕上げの料理になる。濃いだけではなく、少しミルキーで、それからサワークリームの爽やかさも感じられる。ヘビーというよりは、まろやかで、ヨーグルトというか、甘酸っぱい系の肉料理だと思います」

食べ物と酒のペアリングを考えるとき、似たもの同士は、互いに寄り添うようにしてよく合うという。濃いものと濃いもの、淡麗なものと淡麗なもの、酸味なら酸味。パワフルであるとか、やさしいとか、そういう面でも、似ているものが引き合うようだ。
「肉を焼くとメイラード反応が起きて、肉は茶色に変色し、香ばしくなりますが、ウイスキーも蒸溜されるプロセスでこの反応が起き、ナッツやチョコレートを思わせるような香りが出てくる。だからステーキとウイスキーは合うということがあります」
先のビーフストロガノフとバルヴェニーにおいては、互いの何が引き合うのか。
「それはウイスキーを飲めばわかりますよ」
それでは、さっそくバルヴェニー12年のオンザロックをいただくことにしよう。この酒は、僭越ながら筆者もたいへん好きなシングルモルトだ。

バルヴェニー12年は、バーボンウイスキーの熟成に使った樽で12年以上寝かせた後で、シェリー酒の熟成に用いられた樽に移して9カ月間さらなる熟成をし、さらに大きな桶に移して3~4ヵ月かけで最良の状態にして瓶詰される、非常に凝った造りのシングルモルトだ。バーボンに使ったオーク樽と、シェリーに使ったスパニッシュオーク樽のふたつで熟成させることから、ダブルウッドという名称が与えられている。

ひと口、飲んでみると、いつものおいしさが口内にしみていく。甘く、ソフトで、果物のような香りもさせつつ、ほのかな酸味を感じる。緻密に、深く掘り下げられているのに、口当たりも余韻も穏やかで優雅だ。ああ、この微かな、しかし確かに感じられる爽やかな酸が、ビーフストロガノフのトマトやサワークリームの酸と引き合うのか……。

サワークリームを溶かしながら、ライスもとって口へ運ぶ。そして、丸氷の上から丁寧に垂らしたバルヴェニー12年のオンザロックを、軽く啜る。
完璧だ……。
「強さよりもやわらかさ、角のない丸みのあるものがいいという発想から、スコットランド、中でもハイランド地方のモルトウイスキーを連想しました。このバルヴェニー12年は、オンザロックで飲むとウイスキーの奥行きをとてもよく表現してくれます。強い酒ではないんです。味わいは丸くてスムーズで、すーっと入っていって味わい深く、余韻もある。ワインで言うとブルゴーニュに似ている。飲んでいて疲れないし、肉の煮込み料理の酸味とコクを包み込んでくれます」

ビーフストロガノフを食べながらシングルモルトを飲むということを、筆者はこれまで考えたことがなかった。内臓系のコテコテの煮込みならウイスキーも合うだろう、くらいの認識しかなかった。けれど、食べてみて、飲んでみて、これほど旨いものはないと叫びたいほど、よくマッチしていると思った。
「食べ物と合わせると、ウイスキーの新しい顔が見えてきますよ」
そう、その通りですね。あまりのおいしさに、返す言葉もなく……。

1964年長野県生まれ。あの、故ジャン・クロード・ヴリナ氏から、もっとも厚い信頼を得ていた日本のソムリエ。1995年より東京・恵比寿の「タイユバン・ロブション」シェフ・ソムリエ、2003年より「レストラン タテル ヨシノ」の総支配人を務める。2012年から銀座、エスキス勤務。エグゼクティブシェフ、リオネル・ベカの料理をペアリングで華やかに盛り上げる。2023年「ゴ・エ・ミヨ2023」ベストソムリエ賞、2024年「ミシュランガイド東京2025」ソムリエアワード受賞。テレビ等でも活躍し、ペアリングの醍醐味と楽しさを伝える。
文:大竹聡 撮影:池田博美 編集:木田明里