
ウイスキーと食べ物の絶妙なペアリングを探索する「ウイスキーと食」企画。第5回である今回からは、ソムリエの若林英司さんと料理研究家の野口真紀さんのコラボレーションによって、斬新でおいしい提案の数々をお届けします。 第5回から7回までは肉料理とウイスキーの両方を若林さんにご提案いただき、第8回から10回までは、野口さん考案の和風の料理に若林さんがウイスキーを合わせます。 それではさっそく、若林さんからの最初の提案を紹介しよう。
このペアリングの狙いはどこにあるのか。発想のきっかけを、若林さんに伺った。
「ソムリエの仕事は、普段は完成した料理に飲み物を合わせることですが、食べ物のレシピも同時に考案する場合には、飲み物を先に決めることもできます。このペアリングがその例で、最初に、サントリーのブレンデッドの定番である角を選びました。理由は簡単で、これ、私が自宅でよく飲むウイスキーなんです。角は、甘味と旨味とやわらかさのバランスがよく、毎日でも飲みたい酒です。私はこの角を、いつも冷凍庫で凍らせておいて、タンブラーに注いだ水の上に浮かせるウイスキーフロートという飲み方で楽しんでいます。ご家庭でも簡単につくれますよ」

好きな飲み方のウイスキーに、どんな料理を合わせるか。それも、わりとすぐに決まったという。
「角のもつやわらかさや甘味に合わせる肉料理は、甘味のほかに、野菜からくるミネラルや旨味があり、なにより親しみやすいものがいいだろうと。そこで思いついたのが豚の角煮。角と角煮、ああ、これでいいかと(笑)」
角煮は、味が濃厚になるよう、焼いた豚の脂を切ってからショウガやネギと煮て、さらにひと晩寝かせている。添えるダイコンも豚のゆで汁に一晩漬けて味をしみ込ませる。こうして、甘く、旨味の強い角煮ができあがる。熱々の角煮の皿には、完成直前に千切りのネギをふわりとのせる。その横で、角のフロートをつくる若林さんの手元を見て驚いた。なんと、シャンパングラスにウイスキーフロートをつくっているではないか!

「ワインを飲むときに、味わいによって形状の異なるグラスを使います。たとえば酸味のあるワインの場合、柑橘系の酸味には角があるので、舌全体で味わうより縦方向にスッと入るほうがいい。一方でシャルドネワインのように乳酸発酵させたものはミルキーで旨味のある酸なので、舌全体で味わうように、横に広いグラスで飲むのが適しています。ウイスキーの場合も同様でグラスのフォルムで味を変えることができる。だから、シャンパングラスのようなクープ型のグラスを用いると、おいしさがじわーっときて、最初に強い印象を残します。豚の角煮というインパクトの強い料理の旨味を、この、最初にくる角のやわらかさで包んで、いったん口の中で止めてあげる。それによって料理の旨味を引き出すわけです」
シャンパングラスにミネラルウォーターを注ぎ、冷凍庫から取りだした角を、スプーンやマドラーの軸に沿わせる形でそっと注ぐ。若林さんによれば、冷凍したウイスキーは水にくらべて比重が小さいので誰でも上手に水の表面に浮かべることができるという。
見れば、シャンパングラスの中で、ウイスキーと水がきれいな層になっている。その横で、湯気をたてる角煮の見栄えは立派なもので、角瓶のフォルムも恰好いいことから、この光景を眺めるだけで、実に豪華な気分になってくる。

まずはひと口、フロートされたウイスキーの部分を舐める。最初に口に入ってくるのはフロートしたウイスキーだから、少し強く感じるのだが、ここでネギをのせた角煮をひと齧りすると、おお!これはまさに角と角煮の甘さの競演だ。これは旨い。驚愕の一瞬がいきなりやってきた。そして次にはグラスを少し深く傾けて、ウイスキーの下の層の水も含む。すると口の中で絶妙な水割り状態ができあがる。若林さんは、フロートした角が水と混ざるときに、角のもっているふくよかさとやわらかさが広がるのを楽しんでほしいと言う。
水割り状態になった角の後から口に含んだ大根は、すぐさま舌の上で溶ける。ウイスキーの香りが残る口中から鼻腔にかけて、味のしみた大根のやさしい味と甘い匂いが広がっていくようだ。
若林さんに、角とかけて角煮と解くそのココロを改めて伺ってみた。
「フロートのトップのところの濃さが、豚肉の甘さや煮汁のしみた大根によく合います。フロートという飲み方を選んだのも、最初の一瞬にあるウイスキーのおいしさを、甘味や旨味の濃い料理に合わせるためです。フロートにすると、最初のひと口、ふた口に、ウイスキーってこんなに旨いんだという気づきがあると思います。角のハイボールは若い人にもよく知られていますが、ハイボールだけでなく、自分なりの好きな飲み方を見つける楽しみもあることを知ってほしいですね」
何を隠そう、本稿の筆者も、豚の角煮にウイスキーを合わせるなら、ハイボールや少量でもソーダを加えてさっぱりとした飲み口にしたいと考える。それが今回、フロートという飲み方を知って驚愕したのだ。ウイスキーが濃厚な料理の味わいと香りを引きだす一方で、料理もウイスキーを引き立てる。互いが補完し合いながら、旨さが何倍にも膨らむ見事なペアリングだ。さあ、まずは角を冷凍庫に入れ、それから角煮の準備にかかろうか。

1964年長野県生まれ。あの、故ジャン・クロード・ヴリナ氏から、もっとも厚い信頼を得ていた日本のソムリエ。1995年より東京・恵比寿の「タイユバン・ロブション」シェフ・ソムリエ、2003年より「レストラン タテル ヨシノ」の総支配人を務める。2012年から銀座、エスキス勤務。エグゼクティブシェフ、リオネル・ベカの料理をペアリングで華やかに盛り上げる。2023年「ゴ・エ・ミヨ2023」ベストソムリエ賞、2024年「ミシュランガイド東京2025」ソムリエアワード受賞。テレビ等でも活躍し、ペアリングの醍醐味と楽しさを伝える。
文:大竹聡 撮影:池田博美 編集:木田明理