
進化する東京の町焼肉。今回は、西武池袋線・石神井公園駅近く。『焼肉ジャンボ 白金』や『うし松』などの名店で修業した店主が2023年にオープンした「焼肉やおき」をご紹介します。
私鉄沿線には掘り出し物がある。老舗には人情と風情があるし、新しい店には情熱と工夫がある。そしてどちらもお値打ちだ。
西武池袋線の石神井公園駅から徒歩10分と少しのところ。低層のマンションが立ち並ぶ富士街道沿いに2023年、気鋭の焼肉店がオープンした。
店主の渡邊博喜さんは『焼肉ジャンボ 白金』や『うし松』など、都心でも華々しく名を馳せる焼肉の名店で腕を磨いた。となれば、都心での出店となりそうだが、独立に際して選んだのは意外にも石神井公園駅だった。
「もともと練馬・板橋方面になじみがあったんですよ。『うし松』時代も光が丘に住んでいて、当時は従業員と一緒に大江戸線の終電に駆け込む毎日でした。物件は沿線の練馬、石神井公園、大泉学園あたりで探していたんですが、決め手はここの大家さんがいい方だったこと」と恰幅のいい身体で笑う姿に場が和む。
一口に「焼肉」と言っても、エリアによって求められるものは違う。味、盛りつけ、新規性など、港区で得た技術が石神井公園で存分に発揮できるか。西武線が目の前を走るマンションで原稿を書く身としては勝手に心配していたが、前菜の数品でその不安は吹き飛んだ。一言で言うと、気安くてセンスがいい。
キムチ盛り合わせには山芋、ナムル盛り合わせにはマイタケが盛り込まれている。新店だからといって、特別変わった品を出さなくてもいい。でも、少しの工夫が見られるだけで期待感は高まる。その期待がさらに膨らんだのは、その次に提供された”刺し”シリーズだ。
生食用食肉の提供許可を得た店なので、安心して生肉も注文できる。ユッケはタレと塩の2種類。タレ味はセルクルで美しく整えられ、塩味はタワーのように高く盛られる。甘やかに膨らむ味わいのタレと、引き締まった肉の旨味が印象的な塩、どちらも捨てがたくつい両方注文してしまうのは必定。
薄くスライスされた桃色が美しく円を描き、センターに香味野菜と卵黄が鎮座するツラミ刺しまでつい頼んでしまう。ツラミは焼いても旨いが、こうした仕立てもまた旨い。鮮烈な香味野菜を巻いて口に入れる。噛み込んだ弾力の奥から、香味野菜と交わりながら味わいがぐいぐいと伸びてくる。見た目美しく、味わいも美味しい。
メニューに2種類あるレバーは平日限定の「新鮮レバー」1,738円と「切り落としレバー」1,188円の2種類。もっとも平日ならばどちらも個体は同じ。新鮮~の方はいい型が取れるいわゆる上レバー。澄んだ味わいだ。一方切り落とし~は細かく血管や筋が巡っている部分から切り出したもの。どうしても不揃いになるが、僕はこちらの方がレバーらしい鉄くさい味が濃くて好み。食べ比べるもよし、好みを選ぶもまたよし、だ。
すでに石神井公園まで来た価値は十分にあるが、こうなると続く焼肉本編にも期待が膨らむ。胸は高鳴り、腹も鳴る。そこで提供されるのが、眼前に肉の海が広がるかのようなこの皿だ。
薄切りのスライス肉は、業務用でも評判の高い「なんつね」のスライサーから美しい断面とともに切り出される。少し厚い焼肉カットの肉は手切り。肉の部位や提供スタイルに応じてその形は自由自在に、美しく変化する。
薬味となるトッピングも用意されている。味に変化をつけられる多彩な5種だ。それぞれをがっつり盛ってもいいし、なんなら組み合わせてもいい。
例えばこの日、たまたまメニュー外の入荷があったシンシンを角柱に切ってもらい、じっくり内部まで熱を加えて、「カロリー爆弾」にどぼんとダイブ!2口目はさらにニンニクを追ってねぎみじんを重ねてしまう傍若無人な振る舞いがなんと楽しいことか。
同席者も心はひとつのようで、さっきマルチョウを塩で注文していたお肉屋さんが「マルチョウとシマチョウをタレで」とバリトンボイスで注文したかと思えば、その脇の3人は「ライス!」と口を揃える。
ここまで食べっぷりがいいと、楽しくなってつい締めも重ねたくなってしまう。店主が「一番好き」だという「やおきラーメン」1,408円に、一番人気だという「やおき特製まぜそば」1,980円を追加。そこにさっきライスを食べたメンバーが「お米食べたい!」と声を張り、ユッケジャンクッパ1,045円というトリプルコンボを達成!
みなさん見事な食べっぷり……と半分呆れていたら、ふるふるとふるえる自家製プリンにミルクアイス、シャーベットとデザートまでも追加注文している。
出される皿が楽しすぎて、食べても食べても注文の声が止まらない。無限の組み合わせと、次なる皿への期待が永遠に膨らみ続ける「焼肉やおき」。帰宅後、次回の組み立てを考えながら床についたら、ぐう、とまたお腹が鳴った。
文・写真:松浦達也