
この数年、東京の町焼肉が劇的に進化している。今回、ご紹介するのは料理研究家・きじまりゅうたさんの地元・豊島区から、池袋駅徒歩1分の「ジンギスカン楽太郎」です。
「町焼肉」という言葉には「気安い」「なじみのある」というイメージがある。もっともなじみ深い町に通いたい焼肉店があるとは限らない。特に新宿、渋谷、池袋あたりのターミナル駅周辺だと賃料もあって、成立しづらいところもある。難民になりやすい町でもある。
ある日、そんな雑談を料理家のきじまりゅうたさんとしていたら、「あ!いい店ありますよ。20代の頃から通っています!」という耳寄り情報が。
聞きつけたら即行動。移動の道すがらきじまさんから「あ、ちなみにジンギスカンの店ですが、大丈夫ですか?煙もくもくの生ラムを出す店です」とご確認いただく。お腹が空いている身としては(おいしければ)肉の種類に貴賤などあろうはずがない。むしろラムの香りや味わいを想像して、お腹がぐぅぅっと鳴く。
やってきたのは池袋西口(北)。駅の階段を上がると「池袋と言えば!」の『伯爵』(喫茶店)や『大都会』(酒場)がある。その左の「文化通り」に入って50メートルほど行くと、もう香ばしい煙の匂いが漂ってくる。
1階の引き戸をガラリと開けると、店内は煙のもやがかかっていて、奥へと伸びるカウンターは鈴なりの満席!「お二階へどうぞー!」という声に背中を押されて、脇の階段を上る。卓につくと、各席には上着や荷物を入れる70リットルの袋が。
「昔、友人たちと、としまえんのプールで日焼けして、その帰りに寄って燻された記憶があるなあ」
いつだって煙の向こうには郷愁が投影されている。
焼肉は煙いほうがいい。炎で肉を焼くというプリミティブな食の営みは、煙とは不可分だ。もちろん無煙がうれしい場面もあるが、とりわけ町焼肉は煙がないと味も雰囲気もどこか寂しい。
注文をきじまさんにおまかせすると、爆速で一品目が提供された。ランプと肩ロースと野菜のセットだ。この店では単品の注文は1,265円の肉と野菜のセットからスタートする。最初に選べる肉は柔らかな赤身のランプか肩ロース。
「でもどっちにしろ両方頼んじゃいますよね」。そうそう。頼める肉はみな頼む!鍋に脂をひき、野菜を盛り、ジュウッという音とともに肉をドーム型のジンギスカン鍋の頂上に貼り付けていく。
肉を焼く間に手元で調味料を調合する。卓上の調味料は5種類。ベースはオリジナルのたれか黒胡椒塩で、一味唐辛子、煎り胡麻、おろにんにくを加える。
まずは赤身のランプに黒胡椒塩をちょんとつけて口に運ぶ。ひと噛みすると弾むような食感とミネラルあふれるジュースに満たされる。噛み込むほどに伸びゆく味と香り。しっとりとした肉質の奥からハーブにも似た香りが立ち上がる。沁みるなあ。
続けて、たれに一味、煎り胡麻、おろしにんにくを加えて、肩ロースを口に放り込む。ああ、これぞジンギスカンという懐かしい味わい。噛めば、たれや一味、にんにくという強い味の奥から草の香りに加えて、松の実のようなコクが押し寄せ、焼き込んだ香ばしさの味も乗る。
「一度も冷凍されていない生ラムって旨いっすよね」ときじまさんが肉を頬張る。そうだ。ジンギスカンを含めた焼肉は、客自身が客席で焼く。焼きの技術はもちろん、熱源だってプロの厨房とは違う。だからこそ肉は生がいいし、ジンギスカンなら鍋全体がきっちり熱くなり、熱持ちのいい炭火の七輪で焼かせてくれたらより旨くなる。
その最たる肉がラムラックだ。骨付きの肉は脂まわりと骨まわりまで時間をかけて、じんわり焼き込みたい。
ちなみにラムラックを注文するときには羊肉ソーセージ(550円)の注文もお忘れなく。
まず両面に焼き目をつける。表裏それぞれ2回ずつ焼く(2往復)。
その後、脂身を下にして肉を立てて、休ませながら鍋の熱を間接的に伝える。といってもラムラック1本では立ってくれないので、裏面に羊肉ソーセージを挟む。斜めにカットしてくれているので、熱の緩衝材としてちょうどいい厚さだし、すでに加工済みなので焼き込んでもきっちりおいしい。
骨の部分の色が変わってきたら、ドームのアーチを利用して骨側にも焼き目をつけ、最後に表と裏を焼きつけた頃には脂切れもいい塩梅に焼き上がる。骨を持ってかぶりついたきじまさんが「いい火入れだなあ!骨付きはこういう火入れっすよ!」と骨付き肉を隅から隅までしがんでいた。
池袋西口(北)の中心で、肉をしがむ。ノスタルジックな町並みと店構えが連なるなか、ロゼ色に焼き上げた生ラムで草原の香りを満喫する。東京の地だからこそ味わえる愉悦がある。
文・写真:松浦達也