
進化を続ける東京の町焼肉。今回ご紹介するのは、「厚切りハラミと赤身の肉盛り」が名物の、沼袋「塩ホルモン・赤身肉 太陽」だ。「移動式たこやき屋台」や「お好み焼き店」を経営していた店主がなぜ焼肉店を開くことになったのか。沼袋人気焼肉店誕生の秘密に迫る。
みっちりした赤身の厚切りハラミを炭火でじっくり炙る。表面がざらりとした頃に喰めば繊維がぶつりと弾け、赤身のミネラルがあふれてくる。炭火から煙と香りが立ち上り、噛めば肉汁の泉湧く。そんな喜びが沼袋「塩ホルモン・赤身肉 太陽」の店内には充満している。

西武新宿線・沼袋駅の下り改札口を降りてすぐ。今年で12年目を迎える「太陽」の名物は、この厚切りハラミと赤身の肉盛りだ。七輪の前では多くの客がここを起点に注文を組み立てていく。

東大阪市出身の店主の伊藤陽史さんは1978年生まれ。飲食の世界に足を踏み入れたのは30歳を目前にした「28歳か29歳の頃」だった。当時、暮らしの中心にあったのは飲食店ではなかった。上京したのも、バンド活動のために東京に上京して間もなくのことだった。
「それがある朝起きたら、『たこ焼き屋をやろう』と思い立ってしまって」寝起きのままヤフオクで廃車の軽バンを10万円で落札した。それを「移動式たこ焼き屋台」に仕立て、阿佐ヶ谷の中杉通りで夜な夜な営業を始めた。この時点で、飲食店経験はゼロ。「レシピも何も知らないけど、大阪人というだけで」始めたたこ焼き屋台は、いつしか阿佐ヶ谷で評判のたこ焼き屋となった。
その後、南阿佐ヶ谷に路面店を出店し、沼袋にお好み焼き店を開き、その裏手にあったベジポタラーメン店まで引き継いだ。気づけばスタッフを雇い、店舗3軒とキッチンカーを同時に回す、飲食人になっていた。

さらなる転機となったのは、吉祥寺のホルモン酒場「わ」だった。カウンター越しに七輪が置かれ、塩味のホルモンと焼酎が提供される。「あんなスタイル、見たことがありませんでした。ホルモンと言えば味噌やタレ味しか知らなかったから、これは何や、と」。当時伊藤さんは杉並区の下井草住まい。自分の店はすべて吉祥寺よりも都心寄りにあったが、わざわざ遠回りをして帰宅し、気づけば週に3度通い詰めるようになっていた。

ある夜、カウンターに立っていた店主の光山英明さんから「そんなに好きなら、やったらええやん」と声をかけられ、その帰り道に「やろう!」と決めた。翌日、スタッフを集めて「全部閉めてホルモン屋をやろう」と告げると苦笑いが広がったが、全員がホルモンへと向いた。たこ焼きのキッチンカーも売却し、2014年12月1日「塩ホルモン・赤身肉 太陽」が沼袋に生まれた。
そんな流れでできた店だからメニューももちろん「わ」の流れを汲んでいる。七輪、塩ホルモン、カウンターの空気――。いまも看板の「ダブルホルモン」(シマチョウ&コプチャン)は「わ」で伊藤さんが好きだったメニューだ。「スペ玉ごはん」(ごま油や特製調味料をかけた卵かけごはん)や各種自家製ソーセージなどは「わ」をそのまま引き継いだ。
一方で「太陽」では赤身肉にも力を入れた。当時吉祥寺に「肉山」を立ち上げていた光山さんの「赤身肉はおもろいぞ」という言葉に「確かにおもろい!」と赤身肉とホルモン、両方を柱に立てることに。いまも「焼きもん」メニューは、赤身肉の盛り合わせ(2~4種)から始まる。
もちろん現在は、大半のメニューが「太陽」の味となっている。「焼きもん」にもタン下ににんにくをがっつり追った「ガリタン」が生まれ、焼肉好きに人気の高いヤンを刺しで出したりもする。
近年の伊藤さんの好みは、きりりと締まった醤油ダレ。ハラミ筋、タン下、ホルモンミックスにきりりとした醤油ダレをざっと和えると、焼肉のタレ味のほの甘さとも、塩のシャープさとも違う、繊細なのに太い味わいの扉が開く。
「塩よりも膨らみ、タレよりシャープ。醤油ご飯を食べてきた僕たち『和』民族の口に合う」というだけあって、つい白飯、もしくはほの甘い日本酒や残糖感少なめのマッコリが飲みたくなる(そういえば、最近大阪で話題の「鶴マッコリ」を関東からいち早く取り寄せていた)。

オリジナルの筆頭格は締めの「かすうどん」。大阪・羽曳野から取り寄せた油かすを使い、昆布出汁と合わせた一杯は、南阿佐ヶ谷のたこ焼き屋時代から作り続けてきた。産経新聞の支局長に紙面で推してもらったこともある。うどんを食べたら、二段締めには「雑炊返し」。うどんの出汁にご飯と卵を入れてとろとろに仕上げるという念の入れようだ。
「沼袋は不思議な街で、金曜より月曜の方が混んだり、大雪の日は満席になったりすることもあります。地元客中心かと思いきや半分以上は他の駅から。最近では成田から直接来る海外旅行客もおられますし、かと思えば『初めて来ました』というお客さんも毎晩必ずいらっしゃいます」

20年前、音楽を縁に上京し、たこ焼きを経由して肉にたどり着いた。塩ホルモンに惚れ込み、赤身肉の面白さに惹きつけられた。流行りすたりは気にしない。「好きなもの、おもろいものでやっていく」。だから「太陽」は愛される。
文・写真:松浦達也