
数多くの新規店舗も立ち並ぶ県内最大の歓楽街の一画、抱瓶 那覇久茂地店は、今や希少な存在である古民家を活用した趣ある空間が心地よい。全蔵の銘柄が揃う泡盛や、歳月をかけて育まれた古酒を郷土料理とともに味わいながら、南国の夜はゆるりと過ぎていく。
国内きっての人気の観光地・沖縄は、インバウンドの旅行客増加もあり、これまで以上に熱気を帯びている。あらたなホテルが続々と誕生しているが、2025年夏開業予定のテーマパーク「ジャングリア」によりさらに注目度は増すことだろう。那覇の夜の街も賑わい、一杯を楽しむ場所には事欠かないが、再開発が進むなかで古きよき時代の面影は次第に薄れ、旅人がイメージするようないかにも沖縄的な情緒ある店は実は限られる。
戦前の建築ともいわれる古民家をリノベーションしたゆいレール美栄橋駅近くの「抱瓶 那覇久茂地店」は、風情にひたりたい旅人の思いを満たしてくれる貴重な一軒。やわらかな歌声の民謡や地元のポップスが流れる趣ある空間は全75席と広く、宴の場はもちろん、本土からの客人をもてなす場としても地元民から高く支持されているが、一画にはカウンター席もあり、ひとりでも気兼ねなく寛げるのがいい。
島野菜や近海で揚がった魚介類、石垣牛ややんばるハーブ若鶏などなど、料理は地産地消が基本。分厚いメニューに記された料理のラインアップは極めて充実しているので、まずはオリオンビールとともにゴーヤーチャンプルーやしっとりやわらかなラフテー、ふるるんと揺れるピーナッツを使ったジーマミ豆腐といった定番をオーダーし、じっくりメニューと向き合うのが至福への近道だ。なかには「ドゥル天」(煮た田芋を丁寧に練ってつくる「ドゥルワカシー」の天ぷら)や、豚肉にごまをまぶして蒸した「ミヌダル」といった、手間暇がかかる分、ほかの居酒屋ではあまり見られない琉球王朝時代の宮廷料理の流れをくむ品々も。中味(豚の内臓)イリチーやヒージャー(ヤギ)の刺身、スクガラス(アイゴの稚魚の塩辛)など、あまり馴染みのない単語も気になる。時間が経つほどに迷う心は揺れるが、ひとりの場合は量を調整してもらえるのがうれしい。紅芋を餌にした紅豚の脂身がとろけ、口中の甘味にうっとりとなるしゃぶしゃぶも、1人前から注文できるのだ。
この店のさらなる魅力は、本島をはじめ県内の島々に点在する全蔵約45軒の泡盛が揃い、いずれも1杯から注文できること。2024年末に「伝統的酒造り」として、日本酒、焼酎とともにユネスコの無形文化遺産に登録された泡盛は、600年以上前からつくられていた日本でもっとも古い歴史を持つ蒸留酒で、黒麹菌をまとった米麹だけで仕込む手法が特徴だ。米の甘味や旨味のふくらみ方など銘柄によって風味は多様だが、すっきりとしたキレの良さが酒への愛だけではなく食欲も促す。とりわけ、本土と比べて穏やかな旨味が立つマグロなど、魚介類の刺身とは絶妙な相性の良さがある。3年以上寝かせた古酒(クース)もあり、こちらは空気にふれることで徐々に眠っていた風味が花開いていく、ドラマティック&ロマンティックな目覚めの展開に魅了されるだろう。
店名に「那覇久茂地店」とあるのは、東京・高円寺で1961年に開業していまなお愛されて続けている沖縄料理店「抱瓶」を礎とし、創業者の息子さんである高橋光太郎さんが2008年にこの地であらたな一歩を踏み出したため。沖縄料理はカツオ節と豚肉の出汁を柱とし(鰹節の消費量は全国1位)、旨味がしっかりしている分、塩分は控えめ。醤油は控えめにするなど、高円寺の店と味わいが少々異なるというのが興味深い。
締めは深味ある沖縄そばの出汁で癒されるのもいいのだが、その麺を使った焼きそばもまた旨し。もちもちっとした食感がたまらなく、クセになること請け合いだ。これまた旨味が泡盛を呼んで夜は長くなるが、どんなに時間をかけても、例え大人数であっても、一度の訪問でバラエティーに富んだ沖縄の美味美酒を制覇するのは困難。帰り道はあれもこれもと果たせなかった思いが込み上げ、軽やかに吹く海風に包まれながら再訪を誓うことになるだろう。
文:山内史子 写真:松隈直樹