甲府駅の改札正面に店を構える「カフェ&ワインバー 葡萄酒一番館」は、山梨県産のワインを数多く揃えた気軽に立ち寄れるスタンディングバー。グラスでの飲み比べはもちろん、ジョッキや湯呑み茶碗で飲む楽しみもあり、ひとり電車を待つひとときはほろ酔いにひたる幸せな時間となる。
特急をはじめ、電車のチケットを確保した後の駅での滞在は、土産探しを楽しみつつも時計を気にしながらになりがちだ。駅ビルが賑やかなターミナル駅では、買い物の選択肢が広くなる分、少々の焦りが生じることもあるだろう。そんなこんなでもしかしたら足早に通り過ぎてしまって多大なる幸せを逃している可能性もありそうなのが、JR甲府駅構内に2020年にオープンした「カフェ&ワインバー 葡萄酒一番館」だ。
みどりの窓口の隣、改札の真ん前に位置する店は、ひとりでも気軽に立ち寄れるワイン樽をテーブルにして飲むスタンディングスタイル。こぢんまりとした構えながら、壁を覆う棚には約50種類の地元産ワインがみっちりぎっしり並ぶ。日本のワイン発祥の地、山梨県内には約90軒のワイナリーがあり、飲食店ではジャンルの垣根を越え、ごくふつうに地元のワインが置いてあるもののほとんどの場合は種類に限りがあり、出合いがないまま終わる銘柄は少なくない。葡萄酒一番館は夜の宴でふれあえなかった未知のワインも待つ、縁結びの場といっても過言ではない。
グラスワインは赤白それぞれ、スタンダードとプレミアムがあり、銘柄はその時々で異なるため、訪問を重ねるたびに山梨ワインへの思いは深まる。吟味が重ねられたスタッフ厳選の導きを欲張って楽しむなら、3種類の銘柄の飲み比べセットを選びたい。暑さが増す夏場なら、炭酸水を少々加えた氷入りのワインがジョッキで出される「かち割りワイン」が、涼をもたらす最高の友に。ワインの本場、プロヴァンス地方でも氷入りは人気の飲み方だが、軽やかな旨さで喉を爽快に潤してくれるので、思いっきりごくごくぐびぐび!ワインが昔から日常の晩酌に欠かせない存在だった地元の流儀に倣うなら、一升瓶から注がれる湯呑み茶碗でちびちびと。茶碗はグラスよりも手にしっくり馴染んで和みをもたらし、肩の力が抜けるリラックス効果があるような気もする。
甲州ワインビーフや富士桜ポークといった地元の食材を登場するつまみが、これまた魅惑的なおいしさを放つ。とりわけお試しいただきたいのが、山梨のソウルフード、ほうとうを使ったこの店のオリジナルメニューのグラタンだ。
ほうとうは幅が広いがゆえにコクのあるホワイトソースがたっぷりとからみ、口中でとろけて思わずむふふっと笑みがこぼれる。ガトーショコラやチーズケーキといったスイーツも旨さ上々で、これまたワインが進む。ほかにもワインを使ったカクテル、信玄餅で知られる桔梗屋の黒蜜ときな粉をベースにした「桔梗信玄Kuromitsu Black」をはじめとする小菅村のFar Yeast Breweryのクラフトビール、フルーツ王国・山梨ならではのモモやブドウのジュースと、ソフトドリンクを含めてメニューは多彩。
あれこれ飲んで恋に落ちたワインがあれば、その場で購入できるのも魅力。720mlのボトルもいいが、一升瓶ワインの堂々たる姿は土産として映えるはずだ。ほろ酔いでの運搬が不安な場合は、発送にも対応してくれる。自宅で料理と合わせる場合、赤は山梨名物の鳥もつ煮のような甘塩っぱい味と相性がいい。すなわちタレ味の焼き鳥や焼肉で、ご機嫌になる。白は意外かもしれないが、和の出汁の旨味としっくり来る。おでんに合うという蔵元さんの声を何度か聞いており、個人的には魚の昆布締めとともに味わった際、すうっと互いが寄り添う旨さに唸った記憶がある。
なにはさておきこの店を知れば、ひと仕事を終えた後に毎回、「締めのワインを飲むぜ」と、心躍る気分で駅を目指すことになるだろう。楽しすぎて結果的に1杯だけで終わらないことが予測できるので、指定券を購入後ならくれぐれも電車の時間をお忘れ無く。
文:山内史子 写真:松隈直樹