
熊本城の南側には熊本市内随一の繁華街が広がり、数多の飲食店が立ち並ぶ。迷うこと必至だが、夜はもちろん昼からの一杯も満喫できる「大衆酒場 パーラーヒバリ」は、ひとり飲みでもあれやこれやと気軽に楽しめ、多彩な酒とつまみが待ち受ける。
どこに泊まるか、なにを食べるか。未知の場所へと旅する際の事前リサーチは、想像と夢がふくらむ実に楽しいひとときだ。旨し酒と肴との出合いを求めるなら時間をかけて吟味したいが、その際に留意すべきなのが、玄関口となる主要駅と酒飲み天国の繁華街が、少々離れている地域が時折あるという事実。熊本県熊本市も、また然り。新幹線や在来線が行き交う熊本駅周辺とて賑わっているものの、熊本城の南に広がる市内随一の繁華街なら、選択肢と欲望は確実に増す。
郷土料理を含めて飲み処は多数あるなか、その店名に好奇心を刺激されるのが、2019年12月オープンの「大衆酒場 パーラーヒバリ」だ。酒場にしては愛らしい感があるものの、平日、週末に関わらず、昼の11時から深夜までの堂々通し営業で、路面電車の電停や、空港、九州各地に向かうバスの拠点である桜町バスターミナルまで徒歩数分。公共交通機関利用で熊本駅まで20分程度と、移動も楽々。すなわち夜の宴だけではなく、出張なら熊本に別れを告げる任務完了の時間が早めであっても、名残りのひとときにひたれるのだ。
店内に足を踏み入れれば、まずは壁一面を覆う品書きに目を奪われるだろう。客席のメニューも、大小の文字がびっしりみっちり。しかもそのほとんどが、なんとワンコイン前後の価格だ。ビール、日本酒、米麦芋焼酎、サワー各種、葡萄酒、ハイボールと、アルコール類も心を惑わせる揃え&これまたお手頃プライス。のんべえなら単品同様のオールスターズに近いラインアップからドリンク3杯を頼める、「せんべろ」(税抜き)にも引かれるだろう。そう、まさしくここは「大衆酒場」なのだ。
とにもかくにも、飲む気満々なら脳内にファンファーレが響きわたり、ちょっと一杯のつもりなら決意が揺らぐ。悩ましいことこの上ないが、まずはご自分の「とりあえず」を注文し、飲みながらメニューをじっくり見て作戦を立てるのが得策だ。というのも、ポテサラをはじめとする王道系や「たこちゃんウインナー」などの愛嬌系、メンチカツ、ハムカツほか揚げ物系、熊本ならではの馬刺しなど、バラエティに富んだラインナップが多角的に誘いかけるから。
愉快な迷い道に突入するが、店の底力にふれるなら「有名です」と銘打たれた煮込み各種をお試しあれ。その一つ「あの、さば豆腐」は濃い色合いのつゆに浸りしっかり染まり、押しが強めの印象ながら、旨味濃厚なのに後味はいたって軽く、旨し、品良し。サバ、豆腐の持ち味も活きている。「木炭」と名付けられた大根は文字通り漆黒の朴訥な姿だが、これまたしっとりやわらかで味わい深い。ちびちびちびちつまんで飲むのに、最高のパートナーだ。開店から継ぎ足してきたという醤油ベースのつゆが、たいそういい仕事をしている。
そのほか煮込み同様に味のしみたおでん、大ぶりの串カツ、ジューシーな鶏の唐揚げや3種ある「名物シュウマイ」などが、1個単位で注文できるのもひとり飲みにはうれしい。食が進めば酒欲も刺激されるが、熊本流でいくなら「白岳」をはじめ球磨地方の米焼酎が美しい。熊本は日本酒自慢の地でもあり、その時々で揃えは異なるものの、阿蘇の「れいざん」のように程よい米のふくらみが魅力だ。和洋中と幅広いおかずがご飯に合うのと同じで、米の酒もまた多様なつまみを抱き留めるから、魅惑の連鎖は続く。
午前中から営業するこの店は、昼飲みも大いに推奨。実際、平日でも開店早々から、乾杯が見られ、ほろ酔いの一人客も少なくない。一方でランチメニューも用意され、唐揚げやアジフライなど立体感ある盛り付けの定食をさくっと平らげて立ち去る客も多い。その傍らで酒を飲むのは申し訳ないと思うかもしれないが、地元の常連さんにとってはどうやら日常のようで、気にする様子がないのがありがたい。客席はカウンターとテーブルがあるが、週末を含めて終日、賑わいは途絶えないので、事前に席を確保しておけば幸せを逃さずに済む。
ご紹介した「あの、さば豆腐」以外にも、メニュー名に随所で工夫が見られるのは、遊び心ともに質問を受けてコミュニケーションを生みたいとの思いがあるとか。煮込みはネタばらしをしてしまったが、ほかにも「これ、なに?」はあるので、謎は積極的にクリアしていただきたい。パーラーには喫茶店のイメージもあるが、もともとフランス語で客人をもてなす広めの客間を意味するという。大衆酒場とかけた店名は、「ゆるりお過ごしを」のメッセージなのだ。ヒバリは熊本県の鳥。ほろ酔いの思い出をひけらかす、土産話の小ネタになるだろう。
そうそう、大事なことを失念していた。一人では気恥ずかしいかもしれないが、締めに甘いものを欲するなら、九州のソウルフードともいえるアイス「ブラックモンブラン」をデザートにぜひ!
文:山内史子 写真:松隈直樹