東京町焼肉最前線!
【欲望を満たす官能!カルビ・オンザライス実写!】口の中で一体となっていく「高円寺・焼肉ここち」

【欲望を満たす官能!カルビ・オンザライス実写!】口の中で一体となっていく「高円寺・焼肉ここち」

この数年、東京の町焼肉が劇的に進化している。今回ご紹介するのは、日替わりで10種以上の肉が盛り込まれたおまかせコースが注目の焼肉店、高円寺の「焼肉ここち本店」。 誌面では書ききれなかった、圧巻のおまかせコースの全容について紹介します!

焼肉“第3世代”の台頭!

少し前まで「いい焼肉店」と言えば、いい肉を仕入れる老舗の独壇場だった。ところがこの数年、新旧問わず東京近郊の焼肉店の質が上がりまくっている。

その勢いを牽引しているのは、“焼肉ネイティブ世代”とも言える第3世代。そこに刺激を受けた中興の祖である第2世代も深みのある仕事で焼肉を進化させ、焼肉を世に知らしめた第1世代も子や孫の世代には真似のできない仕事で東京焼肉シーンを盛り上げている。

じりじりと肉の焼けた灼ける音と香りに身を任せ、熱い肉片を頬張れば濃醇な肉汁がジュパァッと吹き出し、多幸感の扉がパァアアッと開く。新店から老舗まで、いま群雄割拠の東京町焼肉が断然おもしろい!

本日の肉食べ先は、連載第1回(dancyu春号掲載中!)でも紹介した高円寺「焼肉ここち本店」。いま都内でもっとも気軽に多幸感の扉をノックできる店だ(と思う)。

本店が大一市場にあった頃、僕は遅い時間に少人数でふらりと訪れて、好きな皿だけを注文していた。でも最近の繁盛ぶりだと飛び込みは難しい。「本店」では大好きな和牛ハラミがコースに盛り込まれるようになったので、今回はおまかせコースを予約することに。

木村さんと坂入さん
店主の木村舜徹(しゅんてつ)さんと、創業メンバーの坂入俊二矢(じゅにや)さん(写真左。2023年8月。現在の大一市場店(当時の本店)にて)

予約システムはTableCheck。一斉スタートの1日2回転で平日は17時30分と20時、土曜は17時と19時30分、日曜はテンポよく16時と18時。やっぱり早い時間の方が、予約は取りやすそう。

さて、開けとともに飛び込んで、まずは生ビールを注文!するとほどなくして、飲み物が提供され、ほぼ同時にキムチ盛り合わせとナムル盛り合わせの皿が差し出される。キムチはエゴマやニラ、長芋など気が利いていて思わずにんまりしてしまう。

この前後に羽釜炊きごはんの盛りを確認されるので、即答で「大!」でも、迷いつつの「中」でも、恥ずかしそうに「小……」でも即答できるよう、気持ちを調えておきたい。

その後、前菜のセンマイ刺しのユッケ風を挟んでいよいよ焼きへと入っていく。

センマイユッケ(刺し)
センマイユッケ(刺し)

切りたて&タレもみたて肉を羽釜ご飯でかっこむ至福!

この日のコースはレバー(塩)から。たっぷりのごま油に浸かっているからロースターにくっつきにくく焼きやすい。ピンと角の立った深紅の塊は、ゆっくり温度を上げていって味と香りを立たせる。いいレバーは生よりも熱を加えたほうが断然美味しい。丁寧に焼いてクリーミーな舌触りと奥深い香りを引き出し、添えられたすりおろしにんにくをちょんと乗せる。

上レバー
上レバー

「おいしーい!」。同行者が目を見開いた。レバーとハラミは焼き方次第で世界が変わる。

続けざまに木村さんがタン塩を切り出し、その場でボウルに仕込んだ塩ダレを軽く握って「焼き加減はお好みで」と言いながら差し出した。

「個人的にはよく焼きが好きなんですけど、薄切りは軽く焼いてもおいしくなるよう仕込んでいます」

僕もタンは焼き込むことが多い。片面は脂がじゅくじゅくするくらいに焼き込んで、心地いい食感と香ばしさを立たせ、もう片面はさらりと炙って滑らかな食感を残す。野生と滑らかさを一枚に込めるのだ。

焼き上がりを口に近づけると、バターのようなぽってりとした甘やかさに灼けた肉の香ばしさが渾然となって思わず瞠目する。口に入る前から美味しく、ざくりとした食感の後、舌に届いてなお旨い!

続くカルビはタレ味で提供される。「ここち」のもみダレは、煮切った日本酒や果汁に醤油などを合わせて1ヶ月寝かせた、蕎麦屋の“かえし”のように時間をかけて仕上げたタレだ。少量をボウルに取り、仕上げ調味をした後、切り立てのカルビを1枚ずつにぎるように味を入れていく。皿に盛られた景色は焼くのがもったいないほど美しい。でも焼く。

カルビ(タレ)
カルビ(タレ)
焼肉の上にごはん
羽釜で炊いた新潟の米“新之助で、カルビ・オンザライス。

カルビ一枚をロースターに乗せる。立ち上る煙とジュウッという香り。そこに軽い焼き目をつけ、ほんのりピンクが残る程度に焼き上げ、手元のタレをちょんとつけて口に運ぶ。

うわあ……。

肉とサシが渾然となった灼けた香りが滑らかな食感に溶けていく。極上の王道に思わず陶然となり、隣席の肉にまで手を出しそうになる(もちろん「あげませんよ」とお叱りをいただく)。

そこで差し出されるのが、炊きたての白飯。羽釜で炊いた新之助は粒感しっかり、粘りも強い。もう1枚を焼いてかっこむと、米とカルビが口の中でそれぞれほぐれ、噛むほどに味わいが膨らみ、一体となっていく。根源的な欲望を満たす官能。生の喜びすらも感じてしまう。

面倒見の良さ、焼き方指南も嬉しいポイント

焼き方の指南も懇切丁寧。赤身のロースは「表裏2秒ずつ」、和牛ハラミは「強火でしっかり焼き込んで、半分はそのまま、もう半分はわさびで」、お隣部位の和牛サガリは「鉄板の真ん中で、ゆっくりよく焼いて5割と8割の焼き加減でタレづけしてまた焼く」と、その説明はまるでうなぎ専門店の厨房にいるかのよう。

和牛ハラミ
和牛ハラミ

「若いお客様も多いので、なるべく美味しく食べてもらえるといいな、と思って僕なりのベストの焼き方を伝えています。肉を美味しく焼こうという雰囲気が店に満ちたらいいなって」

木村さんは焼き方まで含めた焼肉の伝道師だ。続くツラミも塩とごま油で「よく焼き」で白髪ねぎも軽く炙ってねぎの辛味を甘味に転化して巻き込む。分厚い芯ごと切り出したセンマイは芯側のみを「50秒焼き」で楽しい食感に、最後の味噌ダレ2種は中弱火でレバー8割焼き、シマチョウよく焼きと、肉の提案も味つけも焼きのディレクションもさまざま。

センマイ(焼き)
センマイ(焼き)

仕入れを調え、仕込みに工夫を凝らし、調理に魂を込める。その上で最終走者である客が最上の焼きができるようバトンを丁寧に渡す。

カウンターで相客をなんとはなしに眺めていると、若い客の焼きがみるみる上手になっていく。ロースターのまわりにほくほくした喜びが広がり、皿を追うごとに店内に多幸感と高揚感がみなぎる。隣の客が「うまいね!」と喜ぶカウンターでは、自然とこちらの気分も盛り上がる。

焼き100%、味わい100%、コミュニケーション100%。きっちり焼き上げ、ガンガン飲み食いして、カラカラと楽しい話に花を咲かせる。すると美味しさの総量は何倍にも膨らむ。焼肉の新旗手が肉を切り出すカウンターは、これぞ焼肉!という醍醐味に満ちている。

ちなみにこの日の追加注文は、近年幻化している黒タン(黒毛和牛のタン)を厚切りリクエスト。まだまだ隠し玉がありそうだ。

黒タン厚切り
黒タン厚切り

店舗情報店舗情報

焼肉ここち本店
  • 【住所】東京都杉並区高円寺北2‐18‐9
  • 【電話番号】03‐5356‐9444
  • 【営業時間】17:00~22 :00(L.O.)
  • 【定休日】月曜、火曜
  • 【アクセス】JR「高円寺駅」より3分

文・写真:松浦達也

松浦 達也

松浦 達也 (ライター/編集者)

東京都武蔵野市生まれ。家庭の食卓から外食の厨房、生産の現場まで「食」のまわりのあらゆる場所を徘徊する。食べる、つくるに加えて徹底的に調べるのが得意技。著書に『教養としての「焼肉」大全』(扶桑社)、『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』(共にマガジンハウス)ほか、共著に『東京最高のレストラン』(ぴあ)なども。主な興味、関心の先は「大衆食文化」「調理の仕組みと科学」など。そのほか、最近では「生産者と消費者の分断」「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター。