
この数年、東京の町焼肉が劇的に進化している。今回ご紹介するのは、本連載のきっかけともなったdancyu2025年春号「東京町焼肉」企画でご紹介した、赤坂「焼肉ホルモン 金樹」系列店&一号店の「焼肉冷麺だいじゅ」です。
仕事終わりに、いい焼肉店ののれんをくぐって一杯のビールをキューッと飲み干す。火の入ったロースターで極上のカルビやハラミを焼いて頬張る。サクッと仕事が終わった夕方でも、仕事で疲れ果てた深夜でも、仕事を終えた充足感もあって腹の底から至福の喜びが湧き上がる。
ではまったく同じ肉を、昼間からロースターに乗せられるとしたらどうか。
しかもこの肉を、だ。
このカルビ定食を1,500円で出すという大盤振る舞いをしている店がある(実は6月までは1,300円だった)。大塚にある「焼肉冷麺だいじゅ」。秋田県で焼肉店を営む家に生まれ、上京して焼肉店に勤めた焼肉エリート金樹延(キム・スヨン)さんがオーナーをつとめる店だ。
「僕が好きなのはA4くらい。ほどほどのサシが入ったメス牛です」という店主の好みは先のカルビにも反映されている。この店では肉やカットも、昼と夜で一切の差をつけていない。
中火で温めたロースターに、ていねいにカットされたカルビを乗せる。待つこと10、20、30秒……の手前あたりで裏へと返す。少しムラのある飴色を確認したら、裏面はさっと炙って引き上げる。
小皿のタレを経由した上での、行き先はもちろんライスの上。米は新潟県岩船産のコシヒカリで、1升3合を1日5~6回炊くというから、いつでも白飯のコンディションは上々だ。
いいカルビにいい焼きを入れ、いいタレにつけて、いいコンディションのライスに乗せる。肉の香ばしさの向こうにライスが輝く。ほの甘いけど、甘すぎないタレがライスと焼肉との間を取り持ち、口のなかでおいしさが膨らんでくる。ランチだというのに、焼肉への集中力がぐんぐん高まってくる。
気が大きくなると追加注文もしたくなる。ランチのサイドオーダーの定番はスタミナレバー900円。レバーを角切りにしてちょいとパンチのある味噌ダレで和えたもの。
転がしながらクリーミーな口当たりになるミディアムに焼き上げると、レバーのいい香りが味噌ダレと見事に絡み合う。カルビとはまったく違う方角からこれまた白飯にドンピシャリ。
ああ、こうなると「焼肉冷麺だいじゅ」のもうひとつの看板も行きたくなる。冷麺だ。麺は実家の焼肉店のレシピで盛岡の製麺所に打ってもらい、スープも実家の味を守っている。
「秋田の焼肉屋の冷麺って、盛岡とも少し違うんです。スープが少しあっさりしていてほの甘い。僕が子供の頃からずっと食べていた、うまい冷麺を食べてほしい。そう思ったからここは『焼肉冷麺だいじゅ』なんです。メニュー名はわかりやすさを優先して『盛岡冷麺』にですが、僕のなかでは別物です」
そう聞けばもう注文するしかない。実はこの店、冷麺はハーフ650円での注文もできる(メニューにはない)。
というわけで、定食とサイドオーダーを注文した挙げ句、冷麺までキメることに。
ああ、なんと幸せな昼餐だろう。夜の仕事終わりのビールと焼肉の多幸感は何物にも代えがたいが、昼から白飯でかっこむ焼肉の背徳感も替えが効かない。しかも他にはない締めの冷麺まで手繰れてしまう。
大塚の昼焼肉にはお腹ばかりか心まで満たされる。
文・写真:松浦達也