この数年、東京の町焼肉が劇的に進化している。今回ご紹介するのは、日替わりで10種以上の肉が盛り込まれたおまかせコースが注目の焼肉店、高円寺の「焼肉ここち本店」。 本記事は「dancyu春号」(2025年3月6日発売)から一部を特別公開中。
この店のおまかせコースには焼肉好きな人ほど驚嘆する。黒毛和牛のハラミやサガリ、リブロースなど、日替わりながら10種以上の肉が盛り込まれて8,000円。タンやレバーも含め、どれをとっても極上品。肉の仕入れ先は東京でも知られた名肉卸だ。
「赤身が深い小豆色で繊維がぎゅっと詰まった肉が好きですね。卸は先輩の立石『焼肉 幸泉』さんの紹介です。好みが似ているのか、同じ部位の右半身が立石に行って左が高円寺に来たりします(笑)」
居抜きで始めた町焼肉の個人店が瞬く間に人気店への階段を駆け上がった。2年前に高円寺の大一市場内に開店したカウンター焼肉店は半年を待たず人気が爆発。その1年後には2店目となる「本店」を徒歩5分の距離に開店させた。
席数はもとの「市場店」と同じだが、床面積は2倍以上。厨房を広く取り、2店舗分の仕込みができるよう設えた。店主の木村舜徹(しゅんてつ)さんは「とにかく旨い肉を出せる環境を整えたかった」と言う。
「市場店だけだった頃の厨房はすごく狭くて冷蔵庫も小さかったんです。いい肉をいいコンディションで保存できるようになって、市場店も含めて肉をより美味しく出せるようになりました」
もとより切り出した肉一枚一枚に包丁目を入れるなど丁寧な仕事で知られていたが、塊肉を筋膜や脂付きで冷蔵できるようになり、肉質を細やかにコントロールしながらの保存が可能になった。直前まで冷やした肉を手の温度で脂をわずかに溶かして提供するなど、より繊細な仕事に魂を込めていく。
味のベースとなる醤油ダレは醤油味の透明感を生かすよう火入れは最小限にとどめ、蕎麦屋の“かえし”のように数週間ねかせる。そのタレをベースに肉ごとに胡麻油やにんにくなどの配合を変えていく。
本人は「2023年の創業から肉仕事は変えていない」と言う。だが差し出す皿には知らず知らずのうちに進化した700日の味わいが凝縮されている。
文:松浦達也 写真:平松唯加子