一年の寒さの底には、この時季にしかない美しさもあります。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
目の前に、静かな雪景色が広がった。
紅梅の上に降り積もる雪の粒は細かく軽やかで、はらりとこぼれ落ちそうだ。
「寒さの極みを表す菓子だね」と主人の渡邊好樹さんは言う。
芽吹きも見えぬ寒景色の中で、梅は小さな花を咲かせ、そこに雪が降り積もる。景色の切り取り方に、梅に対する眼差しが感じられる。
「梅は日本人が最も大切にして、愛でてきた花でしょう。木々に咲く花を愛でるお花見は、“梅見”から始まったくらいなんだから」
まずは、“雪”をつくるところから。材料は、上白糖、白漉し餡、上南粉、寒梅粉。上南粉と寒梅粉はどちらももち米を加工した粉で、寒梅粉には砂糖のつなぎの役割がある。
「上南粉は口の中でほどける食感のため。さらっとして、口溶けがよくなるの」
さわり(打ち出しの銅鍋)に上白糖と白餡を入れ、指先でなじませながらすり混ぜる。
餡と砂糖が一体になったところで、上南粉、寒梅粉を順に加えて混ぜる。
粉がなじむとさらっとするが、続けて手で握りながらすり混ぜていくと、少しずつしっとりしてくる。手の温もりと砂糖の水分だけでまとめていくのだ。
やがて、団子状にまとめられるようになった。
「半生菓子の仕立てよね」と女将の英子さん。
「山川(やまかわ)仕立て、とも言うんだ。松江銘菓の山川だね」と主人。
山川とは、松江の茶人・松平不昧公(ふまいこう)が好んだといわれる、打ち菓子(木型に入れて打ち出す砂糖菓子)。
「うちでは打ち物にしないけど、仕立て方は同じだよ」
これをラップで包んでなじませる。少し時間をおくことで、寒梅粉が水分を吸ってかたまるのだ。雪の仕上げは、もう少し後で。
次は、紅梅をつくる作業。材料は、白漉し餡と粟羊羹、水で溶いた紅粉だ。
粟羊羹は、実際に粟でつくられているわけではない。寒天液に上南粉(蒸したもち米を乾燥して、粉砕したもの)を混ぜ、粟に似せて黄色く色づけして固める。上南粉が入ることでもっちりして、少し粒感もある羊羹だ。これも「岬屋」謹製。
先に、少量の白漉し餡をさわりに入れ、紅粉を加えて色づけする。
やや濃いピンク色に染まったところで、残りの白漉し餡を加えて混ぜ合わせると、全体が穏やかで優しい薄ピンク色になった。
「小さな菓子だから、色が濃いといやらしく感じるんだよ。色のつくり方は感覚だから、目安は出せないんだよね」
白漉し餡の炊き上がり具合も、色づけに影響するのだとか。美しい白餡だからこそ、紅もきれいに映えるのだ。
色づけした餡を小さく丸める。色を入れて揉み返したことで、餡は滑らかになって艶が出てきた。これで舌触りや甘さの感じ方も違ってくる。
次に主人は、粟羊羹をさらしで包み、ぐいと押し始めた。粟羊羹ももみ返しをするのだ。
もんではひっくり返し、もんではひっくり返し。さらしの中で粟羊羹がこなれていく。「内側と外側で硬さに差が出ないようにしたいんだ」と主人。
「揉むと食感が変わる。こういう使い方をする店はあまりないと思うよ」
粟羊羹も小さな団子状に丸めて、成形の準備は終了。ここからは、包み手の女将さんも作業に加わる。
薄桃色の餡玉を平らにつぶして粟羊羹をのせ、餡の生地をのばしながら、羊羹を包み込んでいく。
「主人は手が温かいから、餡がのびるのよ。それが羨ましい。この時季、私は手が冷たいから、思う通りにのびないの」と女将さんは言うが、見ていてその差は感じない。右手で中央の粟羊羹を押さえつつ、左手の中で餡生地をクルクルと回転させながら、見事に餡で包んでいく。
ここで、先ほど“山川”の出番。目の粗いザルにぎゅっと押しつけて濾すと、白い生地はざるの下に降り積もった。これを薄く広げておく。
いよいよ仕上げの成形作業。包んだ生地を左手で持ち、回転させながら、右の人差し指の第一関節をちょんちょんと押し当てていく。小さなくぼみで5つの花弁が生まれ、それだけで一気に梅に見えてくる。
次の瞬間。主人が広げた“山川”の上に、紅梅をぺたんと押しつけたのを見て、思わず「わぁ」と声が出た。こうやって雪をつけるのか。
ひっくり返すと、雪の粒をまとった紅梅のできあがり。
「雪が厚いとカッコ悪いからさ」
山川を薄く広げるのは、雪のつけ方を加減するためだったようだ。
黒文字を入れると、黄色い粟羊羹がのぞくところも愛らしい。口の中で白餡はするりと溶け、もっちりとした粟羊羹も柔らかく崩れる。その一体感が心地よい。
「口の中で一緒に消えないと、お抹茶に繋がらないから」
主人が繰り返し話してくれた言葉が実感できる。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子