一年の終わりに向け、まさに日々が飛ぶように過ぎていきます。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
作業場の釜は、いつも静かに湯気を上げている。一年を通して釜に火を入れない日はほとんどないのだとか。「岬屋」に通うようになるまで、和菓子づくりがこんなにも火を使うものだとは知らなかった。
「せいろは、2年に一度は新調しているんだよ」と、主人の渡邊好樹さんが教えてくれた。
釜の上にせいろを重ね、日々蒸気に当てていると、木枠や底がすり減ってくる。隙間ができると蒸気が漏れ、薯蕷饅頭などがきれいに膨らまなくなるからから、定期的に新調する必要があるのだとか。現在は、きれいなものが12枚、少し古くなってきたものが6枚。すり減ってきたものは、多少蒸気が漏れても影響のない菓子用に、と使い分けている。
「狭いところに18枚もあるなんてね」と笑いながら、主人はせいろを取り出した。今日は、道明寺粉を蒸して「走り餅」をつくる。
材料は、道明寺粉、上白糖、水、そして、細長く丸めた漉し餡玉。
「道明寺粉にもいろいろあるんだよ」と主人。
道明寺粉は、もち米を蒸してから乾燥させて細かく挽いたものだが、粒の大きさによって、三つ割り、四つ割りなどと呼ばれる。「岬屋」が使うのは五つ割り。数字が大きいほど、粒は細かくなる。
「口当たりのよさに繋がるから、うちでは小さめのものを使っているんだ。昔は『六つ割りにしてくれ』と頼んでやってもらうこともできたけど、今はそうもいかないね」
まず、さわり(打ち出しの銅鍋)に上白糖と水を入れて溶き混ぜ、道明寺粉を加えて火にかける。
「道明寺に吸水させるわけ。水と砂糖と混ぜて置いておけば、自然に吸水はできるんだけど、火にかけた方が早いから」
「かき混ぜすぎると、粒が潰れてのり状になってしまうから気をつけないと」
と主人。粒はしっかり残した状態で火を止める。
真新しいせいろに四角い枠を置いて、水で濡らして絞ったさらしを敷く。そこに、水気を吸った道明寺の生地を広げ、釜の蒸気を当てる。
「15分くらいだね。すぐに火が通るから」
蒸すうちに、少し香ばしいような香りが作業場に広がる。あぁもち米の香りだ。
「新米でつくると、とってもおいしいのよ」と女将さん。
新米の道明寺粉は、蒸している時から香りが違うのだとか。加工されても、もち米そのもののおいしさを引き継ぐとは面白い。
蒸し上がった熱々の生地をさらしごと取り出し、手早くさわりに入れる。しゃもじで数回、ひっくり返して広げ、一つにまとめた。
手粉(上用粉と片栗粉を混ぜたもの)の上に、木ベラを使って生地をぽとんと落とし、軽く全体に粉をまぶしてから、小さくちぎっていく。
女将の英子さんは、主人の向かい側で小さくちぎった生地を受け取り、軽く丸め直してから、中に餡玉を入れて包み上げる。蒸したてが勝負。生地が冷える前に、急いで包まないといけない。
「同じもち米だけど、餅のような生地より、粒のままの道明寺のほうがもっと熱いんだよ」と主人。
広げた道明寺生地の中央に細長い餡玉をのせ、両手でパタンと挟むようにして、丁寧に包んでいく。
「いつものように丸く包み上げると粒がつぶれるから、左右から合わせる形にしているの。道明寺の粒の形を美しく残すことが大事なんだ」
師走につくるから「走り餅」なのだが、古い民謡からきているって話もあるんだ、と主人は話し出した。
「この形、えんどう豆のさやのようにも見えるじゃない」
なるほど、言われてみるとそんな形。
「冬の草原を駆け抜けると、乾いた何かのさやの実が衣服にくっついてくることがあるでしょう。そんなふうに、私はあなたについていきますと歌った恋歌があったんだって。そういう「走る」もイメージすると素敵でしょう」
主人は笑う。冬の草原と、そこに隠れた物語を想像すると、菓子の景色がまた違って見えてくる。
仕上げに、刷毛で余分な粉を落とせばでき上がり。手粉が粒と粒の間に少しだけ残り、それでまた、もち米の立体感が際立った。
「道明寺の生地と餡の分量、割合も大事だよ。道明寺が少ないと、中の餡ばかりが目立ってしまうからね」
出来立ての走り餅。口に入れると、道明寺の粒が舌に当たり、弾力を感じた後にほぐれていく。ほんのりとした甘味があり、次いで、もち米の香りが追いかけてきて、餡と一体になる。そのバランスが絶妙だ。
食感と香りの余韻が長く残り、また食べたい、と思う。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子