待望の、秋本番がやってきました! 本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
きんとんは、色の組み合わせを変えるだけで全く違う景色になる。以前、主人の渡邊好樹さんはそう言っていた。
春は「菜種きんとん」、初夏には「卯の花きんとん」と、とりどりに色をつけた白漉し餡で、季節が現されるのを見てきたが、今月の「御所きんとん」は、色づけはせず、漉し餡のそぼろの色だけでつくられている。
「一色だけで仕上げるのは難しいんだ」と主人。
いろいろな色があれば、それだけで華やかに見えるが、一色ではごまかしが効かないから、という。漉し餡のそぼろは、光の当たる部分と影になる部分に表情が生まれ、秋らしい落ち着きが感じられる。
菓銘の由来を尋ねると、「それが、わからないんだよ。わたしも由来を知りたいけれど、もうおじいさん(初代)には聞けないからさ」と微笑んだ。
昔、御所の中で採れた栗があって、そういうところから、栗を使うこの菓子に「御所」の名をつけたのではないか、と主人は想像している。
そう、栗。このきんとんには、丸ごとの栗が入っているのだ。
「わざわざ見せてしまうと風情がなくなるから。侘び寂びだよね」
漉し餡にもひと仕事あるのだが、それはまた工程を見ていこう。
材料は漉し餡と大和芋のすりおろし、そして、蜜栗。蜜栗は、3日間かけて蜜をゆっくり含ませたもので、岬屋の名物「栗蒸し羊羹」にも使われている。
まずは、大和芋のすりおろしを、漉し餡に加えてもみ返す作業。
「岬屋」の漉し餡は、しっかり炊き上げられていて硬めだから、そのままではそぼろにはならない。それで、大和芋でつなぐのだ。
主人は漉し餡を塊から少し取り分け、くぼみをつくって大和芋を少量たらした。
指先でひっかくようにしながら、大和芋を餡になじませていく。
思っていたよりも少量で、それを少しずつ少しずつ混ぜていく、繊細な作業に驚いていると
「芋を入れすぎると、べたついてしまうからね」と主人。
べたついた餡をふるいにかけると、今度はそぼろ同士がくっついてしまうのだ。柔らかく、でもさらりとほぐれる加減になるように、様子を見ながら調整していく。
大和芋を混ぜて少しもみ込むと、漉し餡の色が変わってきた。
「空気を含んで白っぽくなるんだよ」
全体になじませたら、また少し、大和芋を足す。
芋が混ざったら、全体をしっかりもんでなじませていく。餡はどんどんなめらかになり、艶も出てきた。
準備が整った漉し餡を目の粗いふるいにのせ、木べらで垂直に押す。ひと押しで、餡が下に落ちていく。
これでそぼろのでき上がり。真っ直ぐに網目を通った餡は、細長いそぼろとなって、ふんわりと積もっていた。
「優しい色になるでしょう?」と主人。
先を細く削ったきんとん箸で手早くほぐし広げる。
蜜栗を置いて軽く押さえ、そぼろをつけいく。そぼろは決して、つまみ上げたりしない。箸先でスーッと引き寄せるだけのイメージだ。
ここからは、女将の英子さんも作業に加わった。
「蜜のついた栗がつるつるしているから、そぼろをつけるのは案外難しいのよ。滑ってしまうから」と女将さん。
手の中で、ふわりとそぼろをまとわせ、栗を包み込んでいくと、細かなそぼろは左右に揺れてほどよくしなり、栗のいがのように見えてきた。ひとつひとつ違った形になっていく。
お茶席に出す際は、中に栗が入っていることをお客さんに伝えてもらうようにしているとか。
「(黒文字で)お菓子を切るときは、栗に気をつけてくださいね、って」
蜜を含んだ栗はしっとりと柔らかいから、割れずにきれいに切れるのだが、栗の表面が滑るから、黒文字をゆっくり差し込んだほうがいい。
10月の栗はおいしいからね~、と女将さんは笑顔で言う。
「栗の色も味もよくなっていくし、蜜もこなれてきて、いい味わいになってくるから」
漉し餡と蜜栗、シンプルで最も相性のよい組み合わせが楽しめる。
食べてみると、実にいい甘さだ。つなぎの大和芋のおかげか、漉し餡はなめらかな舌触りで、優しい風味も感じられる。口に入るとすっと溶け、栗に到達する。しっとりと柔らかい食感と蜜の豊かな甘味、栗の風味をゆっくり味わいたい。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子