春の訪れを察知した、木々のつぼみが動き出しました。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
花見“団子”といえば、一般的に餅でつくることが多いが、「岬屋」では茶席用に、色づけした白餡を丸めて竹串に刺し、団子に見立てる。餡のなめらかさと上品な甘さが楽しめる、抹茶の似合う上菓子だ。
緑、白、紅。三色並ぶと、野原や樹木、そこに蕾をつける花、霞がかったような春の空気といったさまざまな春の景色が連想され、眺めているだけで浮き浮きとした気持ちになる。
材料は、白餡と上南羹。白餡は、そのまま使うものと、緑、紅色に色づけしたものとを合わせて三色。上南羹は、上南粉(もち米を加工し、細かくして炒ったもの)を黄色い羊羹に仕立てたもので、昔は粟の上南粉を使っていたことから“粟羊羹”とも呼ばれている。
「白餡は柔らかいから、そのままでは串で刺せないでしょ。何かで芯をつくらないとね。それで上南羹を入れるの」と主人の渡邊好樹さん。
というわけで、まずは上南羹を小さく切る作業からスタート。
上南羹は弾力があるので、包丁の刃を垂直に当てて、ゆっくりと落とすように切っていく。
「外側の白餡とはまた違った食感と甘味があるから、これが中心に入るとおいしいんだ」
定規で丁寧に測りながら、1.5cm角ほどの大きさに切り揃えた。
続けて、三色の餡を団子状に丸める作業。
主人は小さく白餡をちぎっては、四角い上南羹をポンとのせ、計りで重さを確認してから丸めていく。
「重さは、手の感覚で大体わかるけど、計ったほうが、団子の粒が正確に揃うからね」
想像していたよりも一つ一つは少量。この小さく四角い上南羹を、小さな餡玉の中心に入れ、丸く整えていく。
「白餡に色づけしてあるだけだよ」、と主人は言うが、色づけは難しい。漉し餡自体にある程度の硬さがないと、溶いた色粉がうまく混ぜ込めないから、やむなく山芋や水飴といったつなぎを使う場合が多いという。
しかし、「岬屋」の漉し餡はしっかりと炊き上げられているから、つなぎを加えずに色づけできる。白餡そのものの甘味と、口溶けのよさを万全に生かした味に仕上げられる。
「春は淡い色の方が似合うから、色づけは控えめにしています。緑色もビビッドではなく、少しスモーキーで落ち着いた、穏やかな緑色が合うね」
緑色の色粉もあるそうだが、そのまま使うと強い色になりすぎるから、青色と黄色を混ぜて程よい色あいにするのだとか。
「日本人は桜が好きでしょう。咲き始めるかな、という頃から、桜の時季に間に合うようにと思ってつくっています」と主人。
「やっぱりお花見で食べるのが楽しいわよね」と女将さん。
さぁ、仕上げの作業。餡玉をつぶさぬよう、でも手早く。“団子”の中心にすっと竹串を刺し、軽く握りながら形を整える。
実は、竹串のサイズにも気を配っている。小ぶりな“団子”が3つ並んだときの長さと柄の大きさの絶妙なバランスが、「岬屋」らしい美しさと上品さにつながるのだ。
ずらりと並んだ「花見だんご」のなんと愛らしいことか。白餡は丁寧にもみ返しをしてあるので、なめらかで艶さえ感じられる。
「昔はね、一軒のお宅から何十本もの注文を受けて持って行ったこともあったよ。お花見しながら食べたいって言われて」と主人の渡邊好樹さんは言う。
桜の季節のお茶席でもよく使われてきた。
「花見をしながら、野点(戸外で抹茶を立てる茶席のスタイル)もいいよね」と主人。たしかに、青空の下で食べるのも楽しそうだ。
「串団子のような見た目だけど、片手で、串ごとぱくっと食べないでね」
茶席では、懐紙に串をのせ、懐紙で軽く挟むようにしながらいちど竹串を抜き、外した串を使って、一口ずつ“団子”を食べるのだとか。家で食べる時も、ぜひ串を外して召し上がれ。
口に入れると、白餡の口溶けのよい上品な甘さに続いて、上南羹のもっちりした食感とほのかに香ばしい香りを感じることができる。甘味と食感の二段構えを楽しみながら、ひとつ、ふたつ、みっつと、どんどん口に運んでしまう。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子