寒さの底のような季節でも、木々の芽は確実に膨らんでいます。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
“草餅”のようなものを想像すると、全く違う見た目に驚かされる。草餅は、熱を加えたよもぎを搗いて餅に混ぜていくが、若菜餅は細く刻んだ小松菜を生のまま餅に混ぜ込む。
「小松菜を使うのは、熱い餅生地に混ぜても色が落ちないから。きれいな色でしょう」と主人の渡邊好樹さん。
他の青菜では、餅の熱で青い色があせてしまうのだとか。真っ白な餅生地に小松菜を混ぜていくと、ほんの少し緑色がかったように見えた。
「これは、新芽よりも、もっと前の時季。凍てついた大地が少しずつゆるんで、これから芽吹き始めるという気配を表す菓子だね」
材料は、餅生地用のもち粉、上白糖、水と、小松菜、中に包む漉し餡に少量の塩。
「あんこは少し塩風味にしているの。餡に対して塩は0.3%の割合なんだ。ちょっと味見してみる?」と主人。
しょっぱいという程ではないが、口の中で餡が溶け、舌に餡の気配が残った瞬間に塩味を感じる。甘みの輪郭がはっきりする印象だ。
「菜っぱに合わせる餡だから、塩気が似合うと考えてね」
生地は、秋冬の「栗粉餅」や「枯露柿」、正月の「菱花びら」と、この連載でも何度か登場してきたもの。もち粉からつくる上菓子屋の餅だ。
始めに少量の水に砂糖を溶かし、もち粉を加えて混ぜ、ダマにならないよう混ぜる。粉が溶けきったら、残りの水を加えて溶きのばしていく。
続けて蒸しの工程だ。釜に、濡れ布巾を敷いた角せいろを用意しておき、蒸気が上がっているところに、生地を一気に流し入れる。生地がかなりゆるいため、下に流れ落ちぬよう、蒸気の力で持ち上げるのだ。この生地のゆるさが仕上がりの柔らかさにつながる。
蒸している間に、今回の要である小松菜を準備。1枚1枚、葉の葉脈をていねいに取り除きながら、茎と葉を分けていく。
「小松菜は生のまま生地に加えるから、茎や筋を残しておくと硬さが残っちゃう。だから、柔らかい葉だけを使うの。口当たりもよくなるしね」
葉を重ねてくるくると巻き、端から細く刻んでいくと、糸のように均等なせん切りになった。
蒸し上がった餅生地をさわりに移し、熱いうちにめん棒で手早く搗き、練り混ぜ合わせる。
餅生地に粘りが出てきたら、小松菜を投入する。蒸したての餅生地はまだまだ熱く、70〜80℃はある。それで、生の小松菜にも少し熱が入るのだとか。見慣れた餅生地も、青菜が混ざるとみずみずしさが感じられ、また違った印象になった。
「菓子というのは、季節が繋がっていかないとね」と主人は言う。
「昔は、1週間ごとに店に出す菓子を変えていたんだよ。今はそこまではやれないけれど、1ヶ月も同じ菓子が並ぶなんてことはしない。せめて2週間くらいで次の季節へ移っていくの」
新春の清々しさから芽吹きの予感、桃の節句、菜花……。「岬屋」の菓子を買い求めると、季節のはしりとなごりが感じられ、少しずつ移っていく景色を眺めることができる。和菓子屋に足を運び続ける楽しさは、そこにある。
さあ、成形作業。餅生地を上用粉の上に取り出し、軽くまぶしてから小さくひねり出す。小松菜の葉がまだらに混ざり込み、餅に動きが出るようだ。
「まさか小松菜だとは思わないわよね。お客さんから、『何が入っているんですか』って聞かれることが多いのよ」と女将さん。
丸めて広げて、餡を包む。柔らかな餅の中に、塩の風味を生かした漉し餡がすっぽりと包まれていく。
「ところどころに葉っぱが見えるところが絵になるんだよ」と主人。
ひと通り包み終えたら、再び手に取り、少し平らな楕円形に整える。
「腰高だと雰囲気が出ないでしょ。だから、俵形にするって感じかな。中の緑を見せるためには、ある程度面積があったほうがいいから」
最後に刷毛で優しく表面の粉を払うと、白く透き通るような肌になった。ちらりちらりとのぞく小松菜は、表面に近い葉と少し奥の葉と、透け具合が違っていて、なんともおくゆかしい。餡の陰影が現れるのも美しい。
餅は滑らかで、気持ちのよい肌触り。食べてみると、軽い弾力を感じた後にすっと噛み切れ、餡となじみ、小松菜は少し遠くに、その気配を感じる。漉し餡のほんのりとした塩気もいい。
「岬屋」の餅菓子は餡がたっぷり包んであるのに、重たくなく、甘さ疲れしないのが不思議だ。すいすいと食べられてしまう。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子