ぐっと秋が深まり、冬への足音が聞こえてきます。本誌連載、「『岬屋』の和菓子ごよみ」では、東京・渋谷にある上菓子店「岬屋」の季節の和菓子を、毎月紹介しています。WEBでは、本誌で紹介しきれなかった「おいしさの裏側」をお伝えしていきます。本誌連載と併せてお楽しみください。
箱を開けた瞬間、思わず「わぁ」と声が出た。
「紅葉の海の中に、道が通るようなイメージかな。道の真ん中に立っているのではなく、少し引いて、遠くから山全体を眺めているような感じだね」と主人の渡邊好樹さん。
鮮やかな黄色と朱色は、紅葉の色を表しているだけではないのだ。菓銘を説く主人の言葉から、もっと大きく豊かな、晩秋の山の景色が広がるのを感じた。
「紅葉橋」は、茶席や大人数の稽古によく使われていた半生菓子。ここ何年もつくる機会がなかったが、晩秋を表す美しいこの菓子を、久しぶりにつくってみようと思いたった。
要になるのは、黄色と朱色に染めたそぼろ状の砂糖生地と、間に挟まれた餡の、色や質感の対比だ。まず、餡づくりから見ていこう。
紅葉に囲まれた山道を表現するために、餡の部分にごつごつとした感じを出したいけれど、粒餡だけではうまくいかない。粘り加減が扱いにくいし、黄色と朱色の間に入れるには色が強すぎるのだ。
「漉し餡と混ぜると、全体の色も少し薄くなって、それが景色になって、ちょうどいい加減になる。色の幅がないとね。」
水あめを入れる理由はいくつかあって、一つは蜜(糖分)を止めるため。餡から蜜が染み出てしまうと半生菓子には具合がよくないから、水あめで粘りをつけ、蜜を止めるのだ。もう一つの理由は、甘味を補うため。
「小さい菓子だから、食べた時にしっかり甘味を感じた方がいい。それが抹茶とよく合うからね」と主人。
続けて、上南粉と寒梅粉を加える。どちらも、もち米からつくる粉で、少し粒子の大きい上南粉は、餡の中に見た目のつぶ感を残すため。寒梅粉はつなぎのために入れている。
粉を混ぜると、餡は白っぽくて少しざらりとした感じになった。これを1日寝かせて、粉と餡をよくなじませる。
次は、そぼろ状の砂糖生地づくりを見せてもらう。
先に色づけした上白糖に、シロップを入れてしっとりさせ、白餡を加えてなじませる。
「上白糖に白餡を入れると、そぼろ生地が乾いて固くなるまでの時間稼ぎができるの。入れないとすぐに固くなってしまうんだ」
そこに寒梅粉を混ぜる。粉が水分を吸っていくから、ここからはさらに手早く作業をする。きれいになじませないと、仕上がりでダマができ、染みのようになってしまうのだとか。
目の粗い濾し器に通してそぼろ状にすれば、そぼろ生地のでき上がりだ。
最後は、型に入れる作業だ。
羊羹舟(長方形の型)に漉した黄色のそぼろ生地を広げ、板で高さを揃えながら軽く固める。これが一層目。
次に、寝かせた餡を、薄く伸ばしてから舟に入れる。
餡を取り出す前に、主人は作業板の上で、片栗粉を入れた布袋をポンポンと数回弾ませた。この粉袋は、粉を薄くむらなくつけたい時に用いるそうで、餡にも直接ポンポンと叩いて、薄く粉をつける。
板の上で餡を少し伸ばし、上に板をのせて上下をひっくり返す。また粉を叩き、少し伸ばし、板をのせてひっくり返すという作業を繰り返す。餡が柔らかいから、同じ向きで伸ばし続けるとくっついてしまうのだ。
餡が薄くなってくると、粒餡の豆粒がまだらに見えてきた。
「小豆の粒が山道みたいに見えるでしょう。こういう風に、何気なく浮かんできたものを模様として見られるのは、日本人的な感覚だと思うよ」
羊羹船の形に合わせて、厚みを整え、表面も平らにして、黄色い生地の上に滑り落とす。これが二層目。こんなに柔らかい餡を型の中で重ねるとは!
三層目は、黄色の生地と同様につくった、朱色のそぼろ生地。
「柔らかいもの(餡)を間に挟むのは難しいんだ。でも、中が柔らかいからこそのおいしさがあるからね」
餡の上に均等にのせて、再び板で平らにならしたら、ラップをかけて一晩寝かせる。これでようやくでき上がり。
「寝かせている間に寒梅が効いて、生地が落ち着いついてくるの」
寝かせておいた三層の生地を舟から取り出し、細長く等分に切り出す。
包丁を入れると、サクッと音がした。切り出していく時の、断面のコントラストが美しい。
「お茶席では、1人1個。小さな1かけだけを食べるものだけど、盆に盛り合わせると、紅葉の山の風景になるね」
「3つの層を、同時に口に入れるといいよ」と主人に言われ、小さく一口食べてみた。砂糖生地は少しざらりとした感触を舌先に残してほろりと崩れ、滑らかな餡が現れる。漉し餡と粒餡が混ざっているから、少量でも甘みと食感に変化があっておもしろい。みっちりとした見た目だが、口の中にとどまっている時間は短いから、甘みのインパクトだけが残ってしつこさは感じない。
この甘みと口溶けの良さは抹茶が合う。ぜひ、抹茶と一緒にどうぞ。
文:岡村理恵 写真:宮濱祐美子