ネパール定食、ダルバートのターリー皿の中に、もつ煮込みがあるのはなぜ?──街によくあるインド・ネパール料理店=インネパ食堂を巡って、スパイシーな料理をつまみに酒を飲み歩く連載企画。第24回目は、他にはない特徴を持つインネパ酒場で、うまい酒と出店までの物語に、酔いしれてきました。
近年、巷でよく見られるインド・ネパール料理店(※)やネパール料理専門店。そういったお店を酒場として楽しむ“インネパ飲み”が、酒好きの間でじわじわと注目を集めています。この連載ではインネパ飲みを実際に体験しながら、その魅力をお伝えしていきます。
※ネパール人が経営するインド料理店。通称「インネパ店」。街によくあるカジュアルな雰囲気のインド料理店の多くはネパール人が手掛けていて、それを示すようにネパール国旗が掲げられていたり、“モモ”などのネパール料理がメニューにあったりします。
案内役は、北は北海道・稚内から南は沖縄・宮古島まで、全国各地のインネパ食堂を食べ歩いた著書『日本のインド・ネパール料理店』が好評の、アジアハンター小林真樹さん。飲みのお供は、「東京ダルバートMAP」を編纂するカレー偏愛ライターの田嶋と、編集Mが務めます。
伺ったのは前回に引き続き、新川崎「ラスクス」。同店の特異なスタイルについて店主さんに聞いたところ、興味深い答えが返ってきました。
前編で、もつ焼き&もつ煮込みという素晴らしき酒肴で気持ちよく杯を重ねた3人。ここからは「ラスクス」のもう一方の看板メニューである本格ネパール料理を堪能しながら、同店がなぜインド料理×ネパール料理×もつ焼きのユニークなスタイルにたどり着いたかを解き明かします。
そんなわけで、さっそく“燃料”を追加。到着したのは、じゃがいものクミン炒め“アルジラ”です。
それにしても、この「ラスクス」は、なぜこのようなもつ焼き屋とインネパ店のハイブリッドなスタイルになったのか。店主さんに聞いてみると、こんな話をしてくれました。
ネパール人店主・ビカスマーラさんが来日したのは、今から約12年前、18歳の時のこと。日本では父がすでに(いわゆる典型的な)インネパ店を手掛けていて、彼も時おり店を手伝いながら、いつかは自分の店を出すことを志します。そして2022年、満を持して自身の店をオープン。すでに父は店の経営をやめ、ネパールに帰国していました。
そうしてメニューには、スクティ、チョイラ、ダルバートといった本格ネパール料理をウリにすることに。ただ、やはりインド料理を食べたい人も多いだろうと、ナンカレーセットやタンドリーチキンなども置くことにします。
そんな話のさなか、本格ネパール料理がもう1品到着しました。豆粉を練って香ばしく焼き上げた“バラ”です。
では、ネパール料理とインド料理だけでなく、もつ焼きや煮込みも出すことになったのはなぜでしょう?
前編でも紹介しましたが、ビカスマーラさんが本格もつ焼き店や中央卸売食肉市場で働き、もつ料理の作り方をマスターしたり肉の仕入れ経路を開拓したのは、そんな経緯があったのでした。
飲みの〆に、そんな同店を象徴する一皿といえる特製の“ダルバートセット”を頼んでみました。ターリー皿には骨付きチキンカレー、ダルスープ、野菜のタルカリ(おかず)、サーグ(青菜炒め)など、ダルバートでおなじみの惣菜が並びます。が、よく見てみるとそこには……なんと日本のもつ煮込みが、すまし顔で鎮座しているじゃあ~りませんか!
ウラド豆を使った本格ダルスープは、豆の滋味にあふれ、どこまでもやさしい味わいです。カレーも穏やかながら、骨付き鶏の出汁がよく効いています。そしてもつ煮込み。いつものように七味を振るのはグッとこらえ、ごはんにジャバッとかけ、ネパール山椒・ティムルの効いたトマトアチャールをたっぷり付けて食べると……。
そんな、他では味わえないフュージョンを楽しめる同店について、小林さんはこんな考察を巡らせました。
在日ネパール人2世ならではの感性と、たゆまぬ向上心で生まれた「芝浦直送の本格もつ焼き&煮込みを出すインネパ店」。しかももつ焼きは、全品100円。スパイス料理好きの呑んべえにとって、そこは紛れもなく天国!今後こうしたユニークな次世代インネパ店が続々と現れることが、待ち遠しい限りであります。
インド・ネパールの食器や調理器具を輸入販売する有限会社アジアハンター代表。インド亜大陸の食に関する執筆活動も手掛け、著書に『日本のインド・ネパール料理店』(阿佐ヶ谷書院)、『食べ歩くインド』(旅行人)などがある。http://www.asiahunter.com/
文:田嶋章博 写真:小林真樹、田嶋章博、編集部