「インネパ食堂」で飲む!
老舗の凄みを味わいながら、感動のフィナーレ!──吉祥寺「ナマステカトマンズ」後編

老舗の凄みを味わいながら、感動のフィナーレ!──吉祥寺「ナマステカトマンズ」後編

若者が住みたい街のインネパ食堂は、実は四半世紀前から“攻めた”メニューを置いていた──街によくあるインド・ネパール料理店=インネパ食堂を巡って、スパイシーな料理をつまみに酒を飲み歩く連載企画。最終回となる第29回目は、ひょんなことから垣間見えた老舗の凄みに、酔いしれました。

近年、巷でよく見られるインド・ネパール料理店(※)やネパール料理専門店。そういったお店を酒場として楽しむ“インネパ飲み”が、酒好きの間でじわじわと注目を集めています。この連載ではインネパ飲みを実際に体験しながら、その魅力をお伝えしていきます。

※ネパール人が経営するインド料理店。通称「インネパ店」。街によくあるカジュアルな雰囲気のインド料理店の多くはネパール人が手掛けていて、それを示すようにネパール国旗が掲げられていたり、“モモ”などのネパール料理がメニューにあったりします。

案内役は、北は北海道・稚内から南は沖縄・宮古島まで、全国各地のインネパ食堂を食べ歩いた著書『日本のインド・ネパール料理店』が好評の、アジアハンター小林真樹さん。飲みのお供は、「東京ダルバートMAP」を編纂するカレー偏愛ライターの田嶋と、編集Mが務めます。

お店は前回に引き続き、1997年に開店した吉祥寺「ナマステカトマンズ」。気の向くままにオーダーしていったら、最後は思わぬ大団円に!

外観
吉祥寺「ナマステカトマンズ」。

「グンドゥルックカレー」が衝撃的なうまさ!

前編で多彩な料理を肴に楽しく飲み進めた3人ですが、後編では満を持して、同店が誇る本格ネパール料理を味わっていきます。連載「『インネパ食堂』で飲む!」も、いよいよ最終コーナーに突入です!

まず頼んだのは、ネパールつまみの代表的1品、チョイラ(焼き肉のスパイス和え)です。豚肉を愛してやまない小林さんは、この日もブレることなく“ポークチョイラ”を注文。ほどなくして到着したそれは、やわらかな厚切り肉によく脂が乗り、噛み込むのが官能的ですらあるチョイラでした。辛さはひかえめですが、クセになる独特の酸味と旨味があり、まあ酒が進みます。

チョイラ
インネパ飲みには欠かせない酒肴“チョイラ”。今日はポークを注文。
小林
開店当初は、インド料理だけでなくタイ料理をメニューに加えようかと考えたこともあったと、店主のシュレスタさんや、妻のアルナさんから聞いたことがあります。ただ、近辺にはもうタイ料理店が複数あったので、差別化のために、まだ珍しい本格ネパール料理を出すことにしたと
店主のシュレスタさん
店主のシュレスタさん。
妻のアルナさん。
編集M
それが、今のネパール料理推しのメニュー構成につながっているのですね。メニューには、ネワール料理のページまであります
小林
シュレスタさんがネワール族というのもあり、ネパール料理の代表格であるネワール料理をフィーチャーしているのでしょう

続いて登場したのは、ウラド豆のペーストを使ったスパイスおやき・バラに卵を合わせた“エッグバラ”。豆の味と香りが濃く、外側はカリッとした食感。正直、地味ですが、滋味にあふれている~。

エッグバラ
エッグバラ。

そして衝撃を覚えたのが、青菜を発酵&乾燥させたグンドゥルックを使った“グンドゥルックカレー”でした。

田嶋
う、うまい!グンドゥルックのまろやかな酸味に、何かを焦がしたような独特の香ばしさ。スープはサラサラながら少しとろみがあり、ネパール料理の滋味、ここに極まれりという感じです。他のインネパ店ではちょっと食べたことのない味わい……いったいどうやって?
グンドゥルックカレー
グンドゥルックカレーは、衝撃的なおいしさ!
シュレスタさん
ここ数年で、日本でもグンドゥルックがネパール食材店でよく売られるようになりましたが、それだとこの味は出ません。だから親類がネパールで作ったものを、取り寄せているんです。ちなみに、このグンドゥルックカレーは、店の常連だった料理研究家の小林カツ代さんも大好物でした

旨味や滋味にあふれる逸品たちを食べたら、無性に濃い蒸留酒が飲みたくなり、ここでネパール焼酎“ロキシー”をオーダー。濃厚で古酒っぽさがあり、これまた他店とはひと味違う奥深い味わいです。シュレスタさんに伺うと、こちらもネパールからわざわざ取り寄せているとのことでした。

ここでなんと、シュレスタさんから、思いがけない提案が。

シュレスタさん
開店したころのメニューブックがあるけど、見てみますか?

四半世紀も続く店の、情熱の源泉がここにあった

そうして見せてもらった約四半世紀前のメニューは、なんとも感慨深いものでした。

メニューブック
25年前の開店当初のメニューブック。
田嶋
今ほど本格ネパール料理の数は多くないものの、さっき食べたグンドゥルックカレーが、すでに“グンドルカレー”の名であります。さらにはネパールの定食・ダルバートが、現在出しているのと同じ姿で載っています!
小林
当時はネパール食材店が相当に少なかったと思うので、グンドゥルックメニューを出せる店は珍しかったでしょう。同じくダルバートも、まだ日本ではだいぶマイナーで、メニューに置く店はほとんどなかったと思われます。それをふまえると、この店は当時から、相当にエッジーなネパールメニューを出していたことになりますね
田嶋
四半世紀も店を続ける情熱の源泉のようなものを垣間見た気がして、なんだかグッときました
ダルバート
こちらは、現在店で出しているダルバート。

ちなみに、ダルバートを当時からメニューに入れていた理由をシュレスタさんに聞くと、こんな答えが返ってきました。

シュレスタさん
ネパール帰りの日本人から「ダルバートはないの?」と聞かれることが多かったので、出すことにしました。本質的に日本人は、みんなダルバートが大好きだと思います
マーダル
シュレスタさんが奏でるネパールの伝統的な打楽器“マーダル”と歌に合わせて、アルナさんが迫力の踊りを繰り広げる「ネパール民族ダンスショー」も、同店の名物。現在はコロナ禍で休止中だが、近いうちに再開したいとのこと。

そんなこんなで、料理も酒も存分に堪能し、いよいよ締めの時間がやってきました。せっかくだからと3人それぞれが、好きな締めの料理を注文したところ……なんだか卓上がものすごい情報量になってしまいました。

小林さんが頼んだのは、バターチキンカレーと揚げナン=バトゥラによる背徳の組み合わせ“バトラカレーセット”。

ナンを揚げたバトゥラとカレーのセット
ナンを揚げたバトゥラとカレーのセット。小林さん、最後の最後でわんぱくメニュー!

編集Mは、カレーにチキンチリ炒め、モモ、ネパール漬物を組み合わせた“ナマステカトマンズセット”。

ナマステカトマンズセット
一見、高速道路のSAなんかにあるダムカレーのようですが、これが“ナマステカトマンズセット”です。

ライスの中央に窪みをつけて、そこにチキンカレーを注ぎ込むという、奇想天外な盛り付けがひときわ目を惹きますが、シュレスタさんに聞くと、なんともクリエイティブな発想がそこにはありました。

シュレスタさん
これはね、周囲を山に囲まれた故郷・カトマンズ盆地をイメージしたんです。ナマステカトマンズセットも開店当初からのメニューですよ

そして田嶋は、無性に気になった“カレーうどんセット”を。

カレーうどんセット
カレーうどん。激辛唐辛子“アカバレ”が効いてます。

こちらはやさしい味のカレーと、うどんと中華麺の中間に位置するような不思議な食感の麺が特徴。青唐辛子と共に食べ進めるのがオツな一品でした。こんなに自由でクリエイティブな品々で飲みを締められるのも、インネパ飲みの醍醐味なのです。

連載終了にあたって

約9ヶ月にわたって続いたこの連載も、パツンパツンに詰まったお腹をさすりながらゴール間近。最後に、小林さんから、連載の総括をいただきました。

小林
スポットの当たりにくいインネパ店というジャンルを、『dancyu』が取り上げてくれたことは、このジャンルにとって一つのターニングポイントになるでしょう。私としても、連載を通してインネパ店の深みをいろいろ知ることができました
編集M
全部で14店舗を巡りましたが、印象的な店が多かったですね
小林
ひとくちにインネパ店といっても、超本格派のネパール料理店から、アジア各国の料理や日本の居酒屋メニューを扱うところまで、本当に様々ですよね。ただ、そのほとんどが、しっかり“飲める店”になっている点も、インネパ店のおもしろさだなと
田嶋
確かに、料理のジャンルはいろいろなのに、それぞれが飲める仕様にチューンナップされているところが印象的でした
小林
だからこそ、呑んべえたちにはこの先も、安心してインネパ店へ飲みに行っていただきたいですね。最後までご愛読ありがとうございました。またどこかでお会いしましょう!
小林真樹、田嶋章博
ご愛読ありがとうございました。これからも、インネパ飲みを楽しみましょう!(小林真樹、田嶋章博)

案内人

小林真樹さん

インド・ネパールの食器や調理器具を輸入販売する有限会社アジアハンター代表。インド亜大陸の食に関する執筆活動も手掛け、著書に『日本のインド・ネパール料理店』(阿佐ヶ谷書院)、『食べ歩くインド』(旅行人)などがある。http://www.asiahunter.com/

店舗情報店舗情報

ナマステカトマンズ
  • 【住所】東京都武蔵野市吉祥寺本町2‐11‐7 横瀬ビル地下1階
  • 【電話番号】0422‐21‐7010
  • 【営業時間】11:00~22:30
  • 【定休日】無休
  • 【アクセス】JR・京王井の頭線「吉祥寺駅」より徒歩5分

文:田嶋章博 写真:小林真樹、田嶋章博、編集部

田嶋 章博

田嶋 章博 (ライター、編集者)

1976年、神奈川県生まれ。ファッション誌の編集を経て独立。ライフワークとしてカレーの食べ歩きと時々自作をしながら、WEBメディア、雑誌でカレー関連記事を執筆。 都内および近郊のダルバートを食べ歩いた「東京ダルバートMAP」を展開中。